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1.ジュゴンについて ジュゴン(Dugong, Dugong dugon)は、オーストラリアからアジア、インド洋、アフリカの東海岸に分布している.しかし,東アジアでは,すでに台湾や日本の八重山諸島,奄美諸島のジュゴンは絶滅したとみられている1).現在,日本でジュゴンが観察されるのは沖縄島だけであり,ジュゴンの分布域の北限にあたる.沖縄島では,中部と北部の東海岸での観察例が多く,この海域が周年生息域と考えられている2)3).特に,名護市辺野古海域での観察例が多い.沖縄島のジュゴンのステイタスは、分布域がたいへん狭く,他の個体群から孤立し、生息数が非常に少なく,絶滅のおそれのたいへん高い地域個体群であると言うことができる.沖縄のジュゴンは,絶滅危惧TA類(CR)4),国指定天然記念物4)である. 沖縄島におけるジュゴン保護上の大きな問題は,米国海兵隊の軍事空港(普天間飛行場代替施設)の建設である.2002年7月,日本政府および沖縄県は,辺野古集落の海岸から約1km沖合にあるサンゴ礁を埋め立て,長さ2500m,幅730mの軍事空港を建設する基本計画を決定した6).この軍事空港の建設は,ジュゴンの重要な採食場所である海岸の海草(うみくさ)藻場,休息場所であるサンゴ礁の沖合,採食場所と休息場所を結ぶ通路(クチ)を破壊することになる.また,沖縄島のジュゴン分布域の中央部に位置することから,生息域を分断することになる.これは,ジュゴンにとってはまさに死活問題で、絶滅に陥るスピードをさらに速めてしまう可能性が高く,きわめて危険である. 現在,日本政府は,環境アセスメント手続きを進めており,方法書の作成が行われている.しかし,日本の環境アセスメント制度では,基本計画決定後に環境アセスメントが行われるため,代替案やゼロ案を検討することはない.そのため,環境やジュゴンへの影響については軽微である,あるいは海草の移植などの代償措置で対処するなどとして,軍事空港建設が不当に容認される可能性が高い. しかし,科学的な立場から必要とされるのは,IUCN(国際自然保護連合)の勧告(アンマン,2000年10月)にしたがい,国際的な水準の環境アセスメントを実施することである.環境アセスメントは,軍事基地の基本計画決定後ではなく,決定前に行うべきであり,軍事基地を造らないというゼロ案や辺野古の建設予定地以外も含めた複数の代替案について行うべきである.IUCN勧告にしたがい,米国の科学者を招請し,国際水準の科学的な環境アセスメントが実施されれば,ジュゴン生息地における軍事基地建設の不当性が明らかになるだろう. ジュゴンの保護上のもうひとつの問題は混獲である.魚網に掛かったと思われる死体が時に漂着することがある7).生息数50頭以下4)とみられる非常に数少ないジュゴンが1頭でも死ぬことは、絶滅のスピードが速まることになり,たいへん危険である.最近になって,地元の人々の努力により,宜野座村では,役場や漁業組合,環境NGOとの間で,混獲防止の対策会議が開かれ,救護マニュアルが作られ,救護の実習が行われるなど,今後の成果が期待されている. 一方,ジュゴンの保護に関する日本政府・環境省の対応は,比較的緩慢ではあるが進展しつつある.2001年にジュゴンを水産庁から環境省の所管へと移行し,2002年の鳥獣法改正によって同種を保護対象に加え,今後は,種の保存法による指定も検討するとしている.また,2001年にはじめて「ジュゴンと藻場の広域的調査手法検討会」を設置し,翌年から現地調査を開始している.普天間飛行場移設は閣議決定事項であり,環境省の調査結果とその評価が,内閣の方針変更に影響を及ぼす可能性に期待している. 2.ノグチゲラ・ヤンバルクイナについて ノグチゲラ(Okinawa Woodpecker, Sapheopipo noguchii)およびヤンバルクイナ(Okinawa Rail, Gallirallus okinawae)は,沖縄島北部山原(やんばる)の森林地帯の固有種である.地球上,山原(やんばる)にしか生存せず,分布域は狭く,個体数がたいへん少ないことから,きわめて絶滅のおそれの高い鳥類である.ノグチゲラは絶滅危惧TA類(CR)で国指定特別天然記念物,ヤンバルクイナは絶滅危惧TB類(EN)で国指定天然記念物である5)8). 山原(やんばる)にある在沖縄米国海兵隊の北部訓練場(ジャングル戦闘訓練センター)には,沖縄島北部の典型的な自然林がよい状態で残され,ノグチゲラ・ヤンバルクイナをはじめとする固有種,固有亜種を多く含む野生生物の重要な生息地となっている.もちろん米軍はこの地域を保護区にしたわけではなく,軍事訓練上必要なので自然林を残しただけである.しかし,1972年の沖縄の日本復帰後,民有林・県有林では,多くの地域で伐採やダム,農用地等の開発で自然林が失われてきたことから,約8,000haの面積を有する北部訓練場の自然林が,まさに保護区(レフュージ)としての役割を担ってきたのである.これは,地球上で沖縄島の山原(やんばる)にしかない固有の生物多様性を保全する上で,大きな意義を持っている. 近い将来,北部訓練場のおおよそ北半分に当たる約4,000haの地域が日本に返還されるため,その返還区域から残りの未返還区域へ7か所のヘリコプター着陸帯を移設することになっている.しかし,従来の着陸帯は,小型ヘリコプター用の直径10−20mの裸地(草地)であり,道路も小さな歩道または狭い車道(未舗装)である.現在,計画されている着陸帯は,大型の垂直離着陸機オスプリが使用すると考えられる直径75mの巨大な施設(芝張)である.しかも,場所によっては2個が隣接して設置される可能性がある.また,着陸帯を結ぶ道路は砕石敷とされている9). したがって,従来の着陸帯と現在計画中の着陸帯を比較してみると,これは移設ではなく,従来の数十倍の規模のものを新設し,高度な演習を行うとみるほうが,より現実的である.自然環境や野生生物への影響はこの視点からとらえる必要がある.これまで,北部訓練場は,野生生物の保護区(レフュージ)としての役割を担っていたが,新しい計画では,その役割を放棄し,むしろ,大規模なヘリコプター着陸帯の設置と高度な軍事演習により,自然環境と野生生物には苛酷な状況が生じることが予想される. 現在,防衛庁により「継続環境調査」が実施されているが9),調査に際しては,IUCN勧告にしたがい,米国の科学者を招請し,国際水準の科学的な環境アセスメントを実施すべきである.また,ヘリコプター着陸帯だけではなく,他の施設や軍事演習,例えばダムや砂防堰堤,海兵隊の地上演習などとの関連も含めて総合的な視点からの環境評価が必要である.さらには,地球上でこの地域にしか生息していない固有種が少なくないことから,米軍基地としての利用だけではなく,将来の世界自然遺産地域の指定も視野に入れた戦略的環境アセスメントが行われることが期待される. 3.IUCN勧告 2000年のIUCN勧告は以下のとおりである10). 世界自然保護会議は,その第2回会議(ヨルダン国アンマンにて2000年10月4?11日開催)において, 1. 日本国政府に対し,以下のとおり要請する; a) ジュゴンの生息域やその周辺における軍事施設に関連する自主的な環境影響アセスメントを,可能な限り早期に完遂すること, b) ジュゴン個体群のさらなる減少を阻止し,その回復に役立つジュゴン保全対策を,可能な限り早急に実施すること, c) 山原(やんばる)の絶滅危惧種および沖縄のジュゴン個体群のための生物多様性保全計画を可能な限り早急に作成し,これらの種と生息地の詳細な調査を行 うこと, d) 山原(やんばる)を世界自然遺産地域として推薦することを検討すること. 2. 米国政府に対し,日本政府の要望があれば,自主的な環境影響アセスメントに協力することを要請する. 3. 日米両国政府に対し,以下のとおり要請する; a) 自主的な環境影響アセスメントの結果に基づいて,ジュゴン個体群の存続を確実にするため適切な対策を講じること, b) 上記本文1(c)で言及した調査に基づき,軍事施設建設案および演習地域の環境への影響を評価し,ノグチゲラおよびヤンバルクイナの生存を確実にするため適切な対策を講じること. 4.文献 1) Marsh,H., H.Penrose, C.Eros, and J.Hugues. 2002. Dugong status report and action plans for countries and territories. 2) 粕谷俊雄・白木原美紀・吉田英可・小河久郎・横地洋之・内田詮三・白木原 国雄.1998.日本産ジュゴンの現状と保護.第8期プロ・ナトゥーラ・ファンド 助成成果報告書pp. 55-63.日本自然保護協会. 3) Kasuya T. and R.L.Brownell,Jr . (submitted to MMS). Consevation status and the future prospects of Dugong in Japanese water. 4) 日本哺乳類学会.1997.レッドデータ日本の哺乳類.文一総合出版. 5) 沖縄県.1996.沖縄県の絶滅のおそれのある野生生物(レッドデータおきなわ).沖縄県. 6) 防衛庁.2002.「代替施設基本計画主要事項に係わる取扱い方針」に基づく検討資料. 7) Dugong Network Okinawa. 2001. For the Protection of Dugong offshore Okinawa (materialU). Dugong Network Okinawa, 49pp.(英文). 8) 環境省編.2002.改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物(レッドデータブック).自然環境研究センター. 9) 那覇防衛施設局.2002.北部訓練場ヘリコプター着陸帯移設に係わる継続環境調査検討書. 10) IUCN. 2001. Resolutions and recommendations ( World Conservation Congress 2000, Amman, Jordan) 花輪伸一(はなわしんいち) WWFジャパン自然保護室 hanawa@wwf.or.jp http://www.wwf.or.jp/ |