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雑賀崎沖埋立問題 フォトモンタージュのトリックを検証する―埋立地はなぜ遠く・小さく見えるか ―
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位置関係図
画面に向かって右側の白い部分が埋立予定地です。その下は、すでに埋め立てられたところで金属団地です。この金属団地の付け根のところがカゴバのお台場と呼ばれているところで、幕末にのろし場であったと考えられているところです。そこから向かって左の方に下から上に伸び出ているところがありますが、これが番所の鼻と呼ばれているところです。幕末には砲台が据えられていましたが、現在は番所庭園になっています。その上の島は、向かって右から大島、中之島、双子島です。番所の鼻の付け根から更に向かって左の方向に、鷹の巣灯台があります。番所の鼻から埋立計画地までの距離は大体900mです。
和歌山県・港湾課が作成したフォトモンタージュ(番所庭園版)
これは運輸省の港湾審議会で景観アセスメントの資料に「景観予測図」として提出されたものです。番所の鼻の先端部から埋立予定地を見た場合のものです。埋立地は、遠く・小さくみえます。実は、このフォトモンタージュには、巧妙なトリックが仕掛けてあります。お気づきでしょうか。私たちはこのようなフォトモンタージュを資料として使用することを止めるように要求しました。しかし、和歌山県・港湾課は、このようなフォトモンタージュを景観アセスメントの資料として使用し続けました。
これは雑賀崎沖埋立計画が審議され、「住民の理解を得るように更に努力すること」という異例の付帯条件付きで承認された、昨年7月19日の運輸省・港湾審議会の議事録の一部です。
港湾審議会第169回計画部会議事録から
委員A: 「写真で見る限り、…、わりに埋立面積が小さくなっているという感じを受け、あとは港をつくるかつくらないか」(20頁) 委員B: 「フォトモンタージュを見た限りでは、…、美しい風景づくりが出来るのではないかと思っています」(22頁) 委員C: 「フォトモンタージュを見る限りは、まあまあの景観になっています」(22頁) 委員D: 「フォトモンタージュを見る限りにおいては、かなり景観はよくなっているのではないかという感じがします」(23頁)
多くの委員さんが、このフォトモンタージュを資料として重視したのですね。
さて、それではこのフォトモンタージュのどこが問題なのでしょうか。
視野を示す図
和歌山県・港湾課が用いたトリックの一つは、水平方向の視野に関わるものです。景観体験としては、人がじっと静止して眺める場合の水平方向の視野は、約60度であるとされています(コーン説)。 しかし、和歌山県が用いたフォトモンタージュは番所庭園の先端部の一地点から撮影された写真をもとに作成されたものですが、実は120度以上の水平方向の視野が写し込まれています。
画面では、扇形に区切られたところがありますが、上の茶色い部分は60度の角度で開いており、その下も60度の角度で開いています。人間が埋立地を正面にじっと眺めるときの視野は、ほぼこの60度に開いた部分になります。ところが、港湾課が作成したフォトモンタージュには上の茶色の部分も含めた120度の扇形よりも更に広い範囲が写し込まれています。
フォトモンタージュと視野のトリック(番所庭園版)
28mmのレンズで撮影したときの写真の視野(画角)は、じっと静止して眺める場合の水平方向の視野である約60度とほぼ同じであるということが知られています。県・港湾課が作成したこのフォトモンタージュには120度以上の視野が写し込まれている訳ですが、この120度以上の範囲を28mmのレンズで一度に写せるところは番所庭園の先端部は勿論、番所庭園のどこにもありません。
人間が静止してじっと眺める場合、埋立地を正面に見ると画面では向かって右側がその視野に入る範囲です。大島の方を見ると画面の左側がその視野に入る範囲です。
もうお分かりのことと思いますが、120度以上の水平方向の範囲が写し込まれているフォトモンタージュをそれとなく用いることによって、じっと静止して眺める場合には、番所庭園から決して見ることが出来ない景観を、あたかも番所庭園からみているかのような錯覚が起こるように仕掛けられているのです。
埋立計画地が遠く・小さく見える仕掛けの一つは、この水平視野を大きく写し込むことによる効果、即ち視野のトリックです。
ところで、写真を見るときの条件で、意外と見落とされてきたものがあります。それは、写真をどれくらい離してみるかということです。この鑑賞距離が違うと、写真に写されているものの印象はかなり違って見えることになります。このことは、写真をうんと近づけてみるとか、拡大鏡を使って写真をみると、遠近感が違ってみえるような印象を受けることで分かります。
適切な鑑賞距離より近づけて写真をみれば、そこに写っているものは、実際にみる場合よりも近く大きくみえますし、逆に遠ざけて写真をみれば、そこに写っているものは、実際にみる場合よりも遠く小さくみえます。
和歌山県・港湾課が用いたもう一つのトリックは、この鑑賞距離を利用したものです。
鑑賞距離について
小穴純(東大名誉教授)は、光学理論に基づいて、写真に写っているものを見る場合に、実際に肉眼で見るのに最も近い状態で見るためには、適切な鑑賞距離が必要であるとして、ある倍率に引き伸ばした写真を見る場合には、レンズの焦点距離にその倍率を掛けた分だけ離れて見なければならない、としています(参照:『アサヒカメラ』1993年12月増刊号の188〜189頁)。
港湾課が資料として用いたフォトモンタージュの場合、写真全体が視野に収まるようなところでみようとすると、人によっても異なってきますが、大体30cm〜50cm程度の鑑賞距離でみることになるでしょう。ところが、このフォトモンタージュの場合、実際に見えるのと最も近い状態で見るためには、その鑑賞距離を約10.3cmにしなければなりません。写真をこんなにまで近付けて見ることはまずないでしょう。後で、実際に港湾課が資料として用いたフォトモンタージュをご覧になって下さい。
環境庁推薦の『自然環境アセスメント 技術マニュアル』では、フォトモンタージュのアセスメント書への掲載に際して、次のように述べられています。
環境庁推薦の『自然環境アセスメント 技術マニュアル』
(自然環境アセスメント研究会編 1995年)からフォトモンタージュのアセスメント書への掲載にあたっては、
「写真を用いて現場の景観を出来る限り再現するためには、写真の大きさや見る人間の眼と写真との距離(鑑賞距離)も大きく関与している。実際には35mmレンズで撮影した写真(画角−水平視野54度)では四つ切りサイズ(ほぼA4版)に引き伸ばして約30cm程離して見るのが妥当とされている」(369頁)
このマニュアルは、現場の景観を出来る限り再現するためには、適切な視野の写真やフォトモンタージュを適切な鑑賞距離で見ることが必要であるという観点から書かれていますが、こうした観点からフォトモンタージュを作成するとどのようになるのでしょうか。
適切とされようにしたフォトモンタージュ
これは、先程の港湾課が作成したフォトモンタージュをアセスメントのマニュアル書で適切とされているように調整したものです。実際に見えるのと近い印象が得られるように、人間がじっと静止して眺めるときの水平方向の視野とされる約60度の範囲にし、更にそれをスクリーンから見る位置までの鑑賞距離に対してほぼ適切な大きさにしてあります。埋立地は、遠く・小さくみえますか。
このようなフォトモンタージュが資料として配布されておれば、港湾審議会の委員さん方の印象も違ったものになったのではないでしょうか。
(注:この説明や写真はスライドで説明したものを使っていますので、鑑賞距離については、コンピューターでは表現できていません。)
比較写真
適切とされているように調整したものと、港湾課が作成し、港湾審議会で景観アセスメントの資料として配布したものとを並べてみました。違いは歴然としています。
灯台の場合:適切とされるようにしたフォトモンタージュ
鷹の巣灯台の場合には適切とされているように調整したものはこのようなものになります。
灯台の場合:審議会に資料として提出されたフォトモンタージュ
これは運輸省の港湾審議会に資料として提出されたものです。
以上のようなフォトモンタージュにおける印象の違いは、水平視野と鑑賞距離を恣意的に操作した結果、生じているものです。皆さんはどう思われますか。
現況写真(画角60度)
さて、これは、私たちが写真家の松原時夫さんに撮影して頂いた現況写真です。マニュアルで適切とされているようにしたものです。
人間が静止して眺めるときの水平視野である約60度の範囲が写っていますが、ほぼ実際に見えるのと近い印象が得られるような大きさにしてあります。
しかし、実は、この写真も私たちが現実に見ている景観とはかなり違ったものなのです。カメラは忠実な遠近法で景観を写しているのですが、私たちは、実はカメラの遠近法とは違った見方で景観をみているのです。景観評価をするのは人間で、カメラではありません。
言うまでもなく、景観アセスメントで最も大切なことは、私たちが実際にはどのように景観を眺めているかということです。
カメラではなく、私たちが実際にどのように景観を眺めているかという点で、重要なことがすでに分かっています。その一つが恒常性といわれるものです。『景観用語事典』には次のように書かれています。
恒常性について
「たとえば、同じ身長の人間二人が観察者から5m、10mのところに立っているとすると、視覚の法則(対象の見えの大きさは対象自身の規模とそれまでの視距離によってきまる)からいえば10mの距離に立つ人間の見えの大きさは、5mに立つ人間の半分となるはずであるが、われわれはそのようには対象を知覚することなく、ほぼ同じ身長と知覚する。・・・見えの大きさに対応した距離が見えの距離であり、実際の物理的距離が大きくなって距離の弁別がつきにくくなると、見えの距離と実際の距離とのギャップは大きくなり、実際の距離よりも短く感じられるようになる。・・・恒常性は、物理的事実と心理的事実がするという景観分析上重要な現象であり、大きさに関してだけでなく、形・色彩・明るさ・遠さなどにも存在していることが知られている」(『景観用語事典』篠原修編・景観デザイン研究会著 1998年 48〜49頁)
要するに、カメラの遠近法の場合、遠くにあるものはそれだけ小さく見えるようになるのに対して、私たちは、遠くにあるものほど相対的に大きく見えるような見方をしている、などのことが明らかになっているというのです。
みなさんも、一度ご自身で、写真と実際の景観の違いを体験されてみてはいかがでしょう。
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