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住民訴訟(地方自治法)改定にかかわる課題について

住民訴訟が根底から骨抜きに

平野 真佐志(ジャーナリスト)

●不正行為の首長を提訴できなくなる
●地方自治法を改悪へ

「住民訴訟」とはどういうものか、ご存知ですか―。

 腐敗した自治体の首長や幹部が、例えば自ら談合を取り仕切り、公共事業を高い値段で発注するなど自治体に不当に損害を与えた場合、住民がその首長個人や幹部個人に対し、「自治体に与えた損害を自治体に返還しなさい(賠償しなさい)」と直接訴えることができる制度がその根幹です。地方自治法で明確に規定されています。

 自治体の首長は権限が大きく、その「腐敗を防ぐ」ための歯止めとして住民側がもつ唯一の″武器″がこの住民訴訟制度です。

 総務省(旧自治省)は、戦後間もなくから50年以上機能してきたこの制度を、根本から骨抜きにして機能不全にするような改悪案を突然、第151国会に提案してきました。改悪の必要性について突っ込んだ議論もないまま、数の論理で問答無用とばかりに一気に可決成立しかねない状況です。


●首長個人を被告にできない

 国民、原告住民、法曹界の声を全く聴かず、「全国市長会」など訴えられる側の意見だけを一方的に取り入れた改悪案は、「行政機関の長としての首長」しか被告にできないように(首長個人は被告にできないように)改変しています。提訴されても首長個人はなんら痛痒を感じない。つまり、″腐敗抑止効果がなくなる″、ということです。この重大な住民の権利が知らない間に奪い去られれることになれば、まさに民主主義の危機としか言いようがありません。


●情報公開とのリンクを恐れる

 狙いは明白です。情報公開条例や情報公開法の施行で今後、自治体の首長、幹部などによる公共事業の談合など違法行為への関与がこれまで以上に明るみに出るは自明の理。住民が、その公開された情報を″武器″に首長や幹部を住民訴訟で訴えるのが増えるのは避けられない流れです。それだけに不正、腐敗を働いた首長がなんとしても訴えられないようにしなければ…、という大きな意思が背後にあることは明白です。また、後ろめたい事実が多いことの逆説的証左ともいえます。それを阻止できない以上、住民訴訟の大骨を抜いて機能不全にするしかない、というのがこの提案の狙いです。さらに、7月末の参院選で与党敗北の可能性も大です。昨年の盗聴法、周辺事態法のように数を頼んでの法案強行成立も今国会限り、という情勢も絡みます。


●「住民訴訟」の前にまず、「監査請求」

 現行の地方自治法は、行政機関の首長、幹部による違法な公金支出などについて、242条で「住民監査請求」できることを規定しています。「住民が首長などに違法な公金支出があると認めた場合、それらを証明する証拠を添えて監査委員に監査を求め、損害を補填するために必要な措置を講ずるよう請求できる」。
 しかし、現実には@違法行為の存在を住民側が知ることはかなり難しい。刑事事件が起きたり、公正取引委員会が談合を摘発したなどの場合に限られるA請求期限は違法行為があってから1年以内、という時間の壁も大きく立ちはだかるB違法を証明する証拠の入手はさらに困難…。つまり、情報公開があってはじめて、監査請求が機能する、車の両輪ともいえます。
 242条の2では、「住民訴訟」が具体的に規定されています。監査結果に不服の場合、住民が首長個人や幹部個人を被告にして直接、「損害賠償や不当利得返還の請求など」(「4号訴訟」と呼ばれる)の訴えを起こすことができる。(本来、損害を受けた自治体が、首長個人に請求すべき筋合いの性質のものですが、それがなされないため、住民が自治体に代わって訴えるので「代位訴訟」とも呼ばれる。


●2度手間な無駄な訴訟を強いる

 だが、改悪案は以下の矛盾の満ちた内容である。

@ 違法行為で自治体に損害を与えた首長、幹部職員を個人として訴えることができなくなり、住民は一律「行政機関の長としての首長」を被告にして提訴しなければならなくなる=[第1弾訴訟]
A もし、住民が「行政機関の長」を相手に勝訴しても、この判決は賠償金を強制執行できない判決であるため(法的にいうと、「債務名義の判決」ではないため)、「首長個人」が賠償金を支払わない場合、代表監査委員が「首長個人」に、新たに賠償請求の訴えを起こさなければならない仕組みになっている。(幹部職員が不正の当事者の場合は、「機関の長としての首長」が幹部個人を相手に賠償訴訟を起こす、という複雑怪奇な構造 ※補足情報参照=[第2弾訴訟]

 つまり、日本に例のない二度手間の裁判をしなければならないように仕向けられており、住民、自治体、裁判所にとって時間、経費の大変な無駄遣いになる。


●裁判費用は税金、談合企業を被告にできず

B

「行政機関の長」を被告にすることで、被告の弁護士費用など裁判費用はすべて自治体の公費負担(税金)となり、首長個人は負担ゼロ。いくらでも裁判の引き伸ばしが可能となる。一方、裁判費用をすべて手弁当で賄う住民側は極めて不利になる。

C 談合などの場合、現行では、談合に参加した企業も一緒に被告として訴えることができるが、改悪ではそれができなくなり、「行政機関の長」だけしか被告にできなくなる。


●名古屋地裁で官製談合を認定

 では一体、現実にどのような住民訴訟があるのか、理解しやすいように具体的に見てみると…

 2000年7月14日に名古屋地裁(野田武明裁判長)であった判決が典型です。同市が建設したゴミ焼却施設で入札談合があったとして、市民が元市幹部と、元同市議、鹿島などゼネコン5社らに連帯して9億円を賠償するよう、求めていましたが、野田裁判長は請求額を全額認め、9億円の支払いを命じました。判決では、市幹部の建設局次長(当時)の役割について「落札予定価格をゼネコン側に漏らしただけでなく、談合を主導した」と指摘しています。公務員である市の幹部・建設局次長がイニシアティブをとって市当局に損害を与えた「官製談合」だったと明確に認定されているのです。
 元同市議は、予定価格をゼネコン側に漏らすよう建設局次長に働き掛け、謝礼として1500万円の約束手形を受け取っていました。
 また、判決で「適正な競争入札が行われていれば、落札価格は、9億円少なかった」。「(談合は)市が負担すべき理由のない9億円を、公金で支払われる工事費の中から支払わせようとする目的であり、違法性は極めて高い」と述べています。被告として前市長も同時に訴えられていましたが、判決では「談合に加わっていないし、事前に談合を予想できたともいえない」としています。(原告、被告とも控訴)


●名古屋の例を改悪案で提訴すると

 住民訴訟が改悪されたとして、改悪後の手続きに従ってこの名古屋市の官製談合を提訴するとしますと、どうなるのでしょうか…。

 提訴時点で市民側は、談合の当事者が市長、局次長、市議、ゼネコンの4者であると認識していますが、被告としては「名古屋市の市長(行政機関の長)」しか訴えることができなくなります。判決で「主犯」とされた建設局次長や鹿島などゼネコンは被告にできません。しかし、訴状で各々の役割が指摘されている以上、ゼネコン側は「参加人」という形で加わることになりそうです。(もし、参加せずに市長側が敗訴し、「ゼネコンに賠償義務がある」と認定され、「債務名義(強制執行)の判決が出ると、その後、ゼネコン側は全く争えなくなるので参加せざるをえないであろう。)
 一方、建設局次長は裁判費用を自腹で払う必要がなくなります。大変な負担軽減です。


●加害者と被害者が一体に

 さらに問題なのは、以下の点です。現行の仕組みでは、幹部個人を被告にするため、談合によって損害を受けた被害者(市当局)と損害を与えた加害者(首長や幹部)とは一応、対立関係にあります。しかし、改悪では、市長(被害者側の市当局の首長)が被告になるため、加害者(首長や幹部)と被害者(市当局)とが一体同体となって原告と争う、という極めて矛盾した事態になります。
 つまり、本来、対立関係にあるべき両者が共同戦線をはる協力者の関係になってしまうのです。首長や幹部は、市当局の中で最高、あるはそれに準ずるような″権力者″です。それゆえ、裁判過程で立証に必要な資料、身内である幹部に不利となるような資料を(部下である)市当局の職員が本当に簡単に提出するか、あるいは、証拠を隠滅することなどはないのか、疑わざるをえません。エイズ関連の書類を隠していた厚生省、オリンピックの帳簿が焼却された長野県の例が思い起こされます。

 弁護士費用は市の公費(税金)負担ですので、私費で手弁当の原告住民側が、かさむ裁判費用に音を上げるまで可能な限りずるずる、引き延ばす作戦に出ることも十分ありえます。さらに被告が敗訴しても控訴、上告すれば同様のことが繰り返され、途方もない年月が掛かります。


●第2弾訴訟の提訴期限はなし

 そうした過程を経て、原告住民が勝訴し、「建設局次長とゼネコンが談合で市当局に9億円の損害を与えた」と、認定されたとしても、さらに、大きな難関が横たわっています。この判決だけでは当然、建設局次長らはすんなり賠償金を支払わないでしょう。この裁判の被告はあくまで市長(市当局の首長)ですから。そこで市長がはたして建設局次長とゼネコンに、9億円を請求する訴訟(第2弾訴訟)を起こすかが疑問です。というのも改悪案では、第2弾訴訟をいつまでに起こさなければならない、という「提訴期限」が定められていないのです。さらに、提訴しない場合の「罰則規定」も盛り込まれていません。これでは、何らかの理由を付けてずるずると先延ばしにされる可能性が大です。それへの対抗措置は、再度、「怠る事実の確認」を求めて住民訴訟を起こすしかありません。エンドレスです。


● 住民訴訟は無駄と思わせるのが狙い?

 官製談合の主役が市長であったと認定された場合は、行政機関の首長である市長が個人としての市長を訴えることは矛盾そのものですので、さすがに、この場合、代表監査委員が、個人としての市長に賠償請求訴訟を起こすことになります。周知のように代表監査委員は、首長の任命で決まります。おたがいに信頼、友好関係にあることは 間違いありません。さらに、そもそも、住民訴訟を起こすことは、監査委員による監査結果に納得がいかなくて起こすか、あるいは、監査請求から60日以内という規定期間内に監査結果が出されないため、やむを得ず住民訴訟を起こすのです。首長と蜜月関係にある(あった)代表監査委員が、速やかに第2弾訴訟を起こすとはにわかに は信じられません。結局、提訴から第1弾訴訟の判決、そして第2弾訴訟に行きつくまでに途方もない年月が掛かることになります。いや、第2弾訴訟そのものが起こされない可能性が高いといえそうです。こんなにハードルが高くてはとても住民訴訟は起こせない、結局、住民訴訟はやっても無駄と思わせ、住民にやる気をなくさせるのが狙いともとれます。


●担保の差押えも不可能に

 このほか、第1弾訴訟で勝訴しても「民事保全法に規定する仮処分をすることができない」という文言も改悪案では追加しています。財産権上の請求に関して、仮の保全措置を定めるのは訴訟の基本でもあります。それをわざわざ適用外にしています。
 担保の差押えが不可能になり、第2弾訴訟に到達するまでに時効になれば賠償金は取れなくなり、なんのための訴訟か分からなくなってしまいます。


●治水ダムは差止め対象外に

 また、「住民訴訟」の一つである「財務会計行為の差止め請求」(1号訴訟)でも、除外規定を新設しています。  【これまで住民訴訟のうち、「首長などに損害賠償を求める」4号訴訟について、述べてきましたが、住民訴訟にはこのほかに「財務会計行為の差止め請求」=1号訴訟、「行政処分の取り消し、無効確認請求」=2号訴訟、「怠る事実の違法確認請求」=3号訴訟の計4種類ありますが、最も影響力があるのが4号訴訟】  これも大問題です。「人の生命、身体に重大な危害が発生するのを防止(する公共工事や)、公共の福祉を著しく阻害する恐れのあるときは、差止めできない」としています。治水ダムは必ず″人の生命、身体を守る″ことが目的。すべて差止め対象外になることになります。まるで全国的な反ダム運動に反発する国土交通省・河川局のために挿入したようなものです。


●首長側が暴走する危険性も

 「住民訴訟」はもっぱら行政の腐敗を監視するために存在します。″腐敗、不正を働けば住民から自分が訴えられる″という緊張感を絶えず行政に与えることが、首長などによる腐敗、不正の防止になり、一定の役割を果たしてきました。訴訟はその結果の産物です。交通違反で罰金を取るのも、罰金が目的でなく、そのことでドライバーに緊張感をもたせ、安全を確保するのが目的です。改悪でこの″自分が訴えられる″という抑止機能がなくなり、タガが外れたように首長側が暴走する可能性さえ出てきました。腐敗防止という制度本来の趣旨と正反対の結果すら引き起こしかねなくなります。


●制度の目的は腐敗の防止で統一

 住民訴訟制度の目的、性格を明確に規定しているのは、最高裁判所の見解です。裁判所、学会の中で、この制度の目的が「腐敗の防止」であることになんらの争いがなく、統一した見解であることを縷縷説明しています。
 1961年2月発行の「行政訴訟10年史」(最高裁事務局)は次のように記しています。「監査請求制度の趣旨と住民訴訟の性質」として、「242条2の規定は、自治体の理事者や職員の財政上の腐敗行為防止措置の一環として設けられた」つまり、目的は「腐敗防止のための措置」と明確にうたっています。改悪案の「損失補填を適切に対応」ではありません。この制度の考え方の基礎は「自治体の理事者,職員の腐敗的行為によって団体に損失を被らせることを防止、矯正して団体の利益を擁護することは、結局、団体資産による利益の享有者であり、経費の負担者である住民の利益である、という考え方を基礎とする」。

 さらに、「続行政事件訴訟10年史」でも住民監査と住民訴訟は「地方公共団体の理事者や職員の腐敗行為を防止するため設けられた住民の直接参政の一方式であり、終局的に司法権の関与をまってその実効性を確保しようとするものである」と。


●公取委、談合の証拠を住民に開示

 公取委はことし1月、談合に関して注目すべき判断を示しました。「94年から4年半の間に、全国60ヶ所で実施された大型ゴミ焼却炉の入札で談合を行った」として談合(独禁法違反)容疑で、公取委が5企業(三菱重工業など)に排除勧告を出した事件が99年にあった。「この談合で工事費の10〜15%が不当につり上げられ、自治体が損害を被った」(受注総額は9260億円)として、企業に損害賠償を求める住民訴訟を起こした原告住民に、公取委は談合の証拠(供述調書や企業側のメモ)を開示する決定を出しました。「直接の被害者である自治体に代わって損害賠償を求めている以上、住民側も利害関係人に当たる」と判断。独禁法69条は「利害関係人は公取委に、事件記録の閲覧などを求めることができる」としています。

 また、北九州市長らを相手に、食料費の支出は違法として、市長らに返還を求めた訴訟も住民が勝訴したばかりである。こうした積み重ねは自治体の赤字財政解消に寄与していくことでしょう。


●「職員が過度に慎重になる」と総務省

 そもそもこの改悪案は、首相の諮問機関「第26次地方制度調査会」の答申(2000年10月)に基づきますが、審議は同調査会の専門小委員会の中で非公開で行われただけです。専門小委では、住民や弁護士、学会などの意見を幅広く聴いたことは全くなかったのです。

 総務省側は″改正案″の提出理由として、住民訴訟のため「職員が過度に慎重になり、事なかれ主義や責任回避、士気の低下による公務能率の低下が生じる」ことを挙げています。

 おかしな論理です。住民訴訟で訴えられるのは違法行為。当たり前の行政行為を遂行していてどうして過度に慎重になるのでしょうか。やましいことが多すぎるということを自ら吐露しているようなものです。

 違法行為をすればだれでも個人として責任追求されるのが民主社会の常識です。そうした緊張感に耐えられない人物に首長などの資格はない、ともいえます。企業で株主代表訴訟を起こされるのが嫌な人には取締役の資格がないのと同じです。医療ミスの場合でも、担当医師だけでなく、病院の理事者も責任を問われます。どうして、自治体の首長、幹部だけが違法行為をしても個人責任をまぬかれるべき必要があると考えるのでしょうか。


●積極的な施策展開が困難に、と総務省

 地方制度調査会総会の速記録によりますと、総務省は総会で、現行の住民訴訟制度には次のような問題がある、と説明しています。

@ 「長や職員が個人として被告になりうる現行の住民訴訟制度のもとでは、行政がたとえ適法な財務会計行為を行っていたとしても、住民が違法と判断すれば、長や職員個人を被告として訴えることができる」、また、
A 「長や職員は裁判に伴う各種負担を個人として担わざるを得ない」 ことから、
B 「長や職員に政策判断に対する過度の慎重化、事勿れ主義への傾斜による責任回避や士気の低下により公務能率の低下が生じ、自治体が積極的な施策展開を行うことが困難になるなどの事態も指摘されてきている」
C 「住民訴訟制度の充実を図るに当たって、こうした問題に配慮することが望まれる。」


●役人は無謬、という独善性

 @について「住民が違法と判断すれば、長や職員個人を被告として訴えることができる」ことがどうしておかしいのであろうか。首を傾げざるを得ません。首長などが行政行為をするのは、当然、適法と確信して執行するはずである。逆に適法でないと知りながらの執行は犯罪である。適法と確信していても、住民の視点からみて、違法と判断される場合が存在するのは当然です。例えば、愛媛県が神社に支出した玉串料裁判は典型です。知事が「社会的儀礼の範囲内」と確信していても、憲法に照らすと、玉串料の支出は「国家機関による宗教活動の禁止」に該当するので違憲、という別の解釈や認識がでるのは自然です。だからこそ違法かどうかの審判を求める「裁判制度」そののものが存在するのです。裁判制度そのものを否定するような驚くべき考え方である。役人、官僚は無謬である、文句をつけるのはけしからん、という独善から出た発想ではないのではないでしょうか。

 A「裁判に伴う各種負担を個人として担わざるを得ない」とするが、現在の地方自治法242条の2、8項では、「4号訴訟の当該職員が勝訴した場合、弁護士報酬について、自治体は議会の議決により、相当と認められる範囲内で負担できる」と規定しています。裁判で最も負担の多いのは弁護士報酬。それが補填される仕組みがすでにあります。

 B過度の慎重化、事勿れ主義への傾斜による責任回避や士気の低下により公務能率の低下が生じ、『自治体が積極的な施策展開を行うことが困難になるなどの事態も指摘されてきている』という以上、まず、その具体例を国民に示すべきです。

 地方行政の基本は住民益。それに基づき行政を執行するのになぜ訴訟を恐れるのであろうか。例外的に少数の訴訟マニアがいるのは事実ですが、その存在がこの制度を骨抜きにする理由には到底なりえません。本当にそれほど職員はナイーブなのでしょうか。このような主観的な要素が強い心理的現象を立法理由にするには、説得力のある、学問的な裏付けのある定量的なデータが不可欠であり、それを出すべきであろう。


● 住民訴訟は乱訴されていない

 さらに、現実に過度に慎重になるほど4号訴訟が乱立しているのであろうか。総務省は、「住民側の勝訴(一部勝訴も含む)は7%弱で乱訴の傾向がみられる」

 (毎日新聞01,3、20朝刊)あるいは、「情報公開制度の定着にあわせて、住民訴訟の件数が増えている」(朝日新聞、01、3,9朝刊)と説明している。

 総務省が地方制度調査会・小委員会に配布した資料によると、住民訴訟の提訴件数は、1994年度(平成6年度)→89件、95年度→91件、96年度→177件、97年度→260件、98年度→261件、計878件としている。(そのうち4号訴訟はおおむね4分の3を占めるという)。878件中、確定しているものは584件。そのうち@原告敗訴は420件(72・9%)、A原告勝訴37件(6・3 %)、B和解で終了19件(3・3%)、C事実上の和解で訴え取下げ20件(3・4%)、D原告が訴えを取下げ88件(15・1%)である。

 このうちの勝訴が6・3%であることをもって「乱訴」というのは不当であろう。敗訴以外の和解などは最終判決を待たずとも、提訴という行為によって行政側が自主的に違法な行政を是正したり(訴訟目的を達成する)、改善を約束するなどした結果の(取下げ)ことが多い(実質的勝訴)。繰り返すが、そもそも住民が首長などを損害賠償で訴えるのは、その住民の個人的な利益とは全く関係なく、あくまで自治体が被った損害を自治体に返還するよう求めるものである。

 つまり、3割近い件数が提訴によって改善される効果があったともいえる。むしろ、住民利益にかなった「積極的な行政展開」が促進されるともいえる。


●腐敗防止の目的を葬り去る

 地方制度調査会の総会で、総務省はこの住民訴訟を改悪する理由を次のように説明している。前提として一応、現行の住民訴訟の目的を「地方公共団体の財務会計上の違法行為の予防、または、是正」としていますが、直後にそれを機能不全に陥らせるために驚くべき論理展開をしている。(役人特有の難解な文、我慢してお読みください)。

 「4号訴訟(首長を直接、損賠などで訴える)は、職員の個人責任を追及する形をとりながら、財務会計行為の前提となっている自治体の政策判断や意思決定が争われている実情にある。したがって、従来の4号訴訟の対象事例は『訴訟類型を自治体が、長や職員に対して有する損害賠償請求権や不当利得返還請求権を、自治体が適切な対応を行っていない、と構成し直す』ことにより、機関としての長を被告とし、敗訴した場合は、機関としての長などが個人としての長の責任を追及することとすべきである」としています。

 あっさり、腐敗防止の目的を葬り去り、目的を『賠償を適切に取る方法論』にすり替えています。理解不可能です。論理の飛躍としかいいようがない。さらに、「自治体に政策判断や意思決定が争われている」のがなぜいけないのか、問題なのか。政策判断の結果の行政行為として公金の支出、執行があり、それらは密接不可分です。行政側が適正な判断をしていると確信していても、市民の別の視点からすると、違法という判断になることもありうる。個人責任を追及する以上、政策の合法性、妥当性も争点にならざるを得なくなる。それが本当に違法な出費かどうかは裁判の結果で決まるのです。それ以外ならば、当初から違法を承知で公金支出している犯罪ということになります。


●地方制度調査会の成田副委員長にインタビュー

(説得力のある明快な回答は得られず。はぐらかし的回答多し)。

Q: 改正理由 『行政訴訟の窓口が狭められ、環境や消費者の利益を裁判所が認めないので住民訴訟が乱訴されている。懲罰的に個人に対し、ばく大な請求をする例が起きている。思い切った事業をやろうとすると、萎縮する。住民訴訟は負担過剰。なんでも持ちこまれる。裁判所はブーブー言っているが起こされたら対応せざるを得ない』
Q: いきなり提案はおかしいのでは 『20年前から、全国市長会から見直し要望あった。職務でやっているのに個人で責任負うのは困る、と』
Q: 腐敗抑止効果が消えるのでは 『それは誤解、個人が訴えられるのは弊害がある。個人でなく機関相手に賠償請求できるから腐敗防止は損なわれない』
Q: 機関の長を被告にすると、裁判が長引くのでは 『だらだらやっている裁判所が問題。原告が引き伸ばししている』
Q: 2段階訴訟について 『2段階訴訟とはなんのことですか。長が負ければ義務が確定する。確定判決である。判決に従って賠償を払うでしょう』
Q: 代表監査委員が本当に首長個人を訴えるのか 『性善説を前提にしている。情報公開で住民は武器を手に入れられる』
Q: 利害対立者が一緒に被告になるのはおかしい (はっきりとした回答なし)
Q: 国民の声を聴いて法案つくるべきでは 『自治体アンケートもやった。地方制度調査会の総会はマスコミにも公開している』
Q: 個人でなく機関が被告になると、4号の役割が決定的に違ってくるのでは 『年がら年中訴えを起こす有名人もいる。改正ですっきり運用しやすいようにする。自治体側から見るとこれでも不十分。もっと強硬な意見もあった。4号訴訟も削れ、原告に担保金を出させろなど。だから、この改正は必要最小限に留めてある。窓口を狭めることでない』
Q: 生命財産条項の具体的イメージはなにか 『災害対策、河川の洪水対策が想定できる。審議では、公益上、支障がでるのでオリンピックなどイベントも差止め対象から外せ、という意見も出た』
Q: 生命財産条項をもっと具体的に 『地震が切迫している時、地震観測機器の設置を差し止められたら困る』
Q: 第1弾訴訟で勝っても、担保取れない 『確定判決あるから大丈夫』
Q: (再度)第2弾訴訟を代表監査委員が本当に起こすか 『(第1弾の)確定判決出れば支払います。第2弾訴訟のくだりは、本当は要らないことかもしれないのに、それを書いているかも…』
Q: 機関相手の訴訟になると、個人の時のように和解もしなくなるのでは、だらだら続くのでは 『これからNPOが強くなっていく』
Q: 個人が被告では「思い切った事業をやろうとすると、萎縮する」、ということの具体例は 『これから必要となる職員の給与カットなどは議会が反対する。それを断行すると訴えられる』

行政訴訟全般に詳しい濱秀和弁護士の話 住民訴訟は地方自治の根幹をなす原理原則。このように住民利害に大影響のある重要法律の改正には、改正が必要な理由を示し、国民、法曹界など意見を聴いた上で時間をかけて検討すべき。住民訴訟の機能抑制を狙っているとしかとれない。

 こうした動きに対し、各地の市民団体が「住民訴訟制度改悪反対市民ネットワーク」(東京都千代田区飯田橋2‐1‐4‐203、政策情報センター内、電話03‐3222‐6781)を結成、全国的な運動を始めている。

(この報告を書くに当たっては、濱弁護士に多大なご教示を頂きました)

(平野・真佐志)[了]


補足情報

●賠償命令は行政処分、(一部誤り)

01.6.26

 先日「住民訴訟改悪案でその後、新たにはっきりした重大な問題点」をお送りいたしましたが、濱先生のお話を当方が未消化のまま大雑把に書きましたので、一部について誤解釈がありました。以下がとりあえず現時点での報告です。(この条文は複雑きわまりなく、近いうちに、もう一度整理いたします。)

※(自治体の長を被告とする)第1弾訴訟が、住民勝利で確定した後(訴訟費用は自治体負担のため、当然、この第1弾は最高裁まで3回裁判をやるでしょう )の手続きについて

(以下は改悪案による )

●242条の3(訴訟の提起)では「242条の二 第1項第4号本文の規定による訴訟について、損害賠償または不当利得返還の請求を命ずる判決が確定した場合、自治体の長は確定から60日以内に損害賠償金または不当利得の返還金の支払いを請求しなければならない」と書かれています。

●243条の2の4では「242条の二 第1項第4号ただし書の規定による訴訟について、賠償を命ずる判決が確定した場合、自治体の長は確定日から60日以内に賠償を命じなければならない」とあります。

 つまり、「4号訴訟」第1弾確定後の賠償方法について、@「本文規定の訴訟」とA「ただし書の訴訟」とに、わざわざ分けています。「本文規定の訴訟」では「賠償金の支払いを請求」としており、これは行政処分に当たらず、民事上の「督促」と同じ性質をもちます。

 一方、「ただし書の訴訟」は「賠償の命令」です。これが「行政処分」に当たり、取消訴訟を起こすことができ、最高裁まで3回の裁判が出来る、というものです。(前回はこちらだけを触れたため正確ではありませんでした )

● 「本文規定とはなにか」、「ただし書とはなにか」

 以下のような大変な?日本語です。242条の二 第1項4号は「当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に関する相手方に損害賠償又は不当利得返還の請求をすることを当該自治体の執行機関又は職員に対して求める請求。ただし、当該職員又は当該行為若しくは怠る事実に関する相手方が243条の二 第3項の規定による賠償命令の対象となる者である場合、当該賠償の命令をすることを求める請求」としています。

● 「243条の二 第3項の規定」による賠償命令の対象となる者とは…

3項は「自治体の長は、第1項の職員が同項に規定する行為によって当該自治体に損害を与えたと認めるときは、監査委員に対し、その事実があるかどうかを監査し、賠償責任の有無および賠償額を決定する事を求め、その決定に基づき、期限を定めて賠償を命じなければならない。」と規定しています。

●「第1項の職員と同項に規定する行為」とは、

(要約すると)「出納長若しくは収入役、それらの補助職員などが、故意又は重大な過失(現金については、故意又は過失)で、保管する現金、証券、物品などを亡失したり、損傷した時は損害を賠償しなければならない」としています。

 つまり、現金の出し入れなどを担当する出納長やその関連職員による現金紛失(横領のこと?)などの行為に対する住民訴訟の第1弾の訴訟( 裁判上は自治体の長を被告にする )で住民が勝ち、確定すると、@第2弾の裁判(首長が職員個人を被告にして訴える)を提起する前にまず、賠償命令(行政処分)を出さなければならない。A賠償命令は行政処分であるので、取消訴訟を起こすことができる。これも三審制で最高裁まで争える。Bその取消訴訟が確定して初めて第二弾訴訟を起こせる。

 このため、出納長やその関連職員以外は一応、賠償命令の対象外のように受け取れます( 出納関係者と認定される範囲など判例を調べなければはっきりいえません )。従いまして、首長や助役、その他の幹部などは第1弾が確定すると、第2弾を起こせることになります。

●このように出納関係者だけ、破格の扱いになっているのは、現行の地方自治法の中に、この2つの条項「出納長若しくは収入役、それらの補助職員などが、故意又は重大な過失(現金については、故意又は過失)で、保管する現金、証券、物品などを亡失したり、損傷した時は損害を賠償しなければならない」 「自治体の長は、第1項の職員が同項に規定する行為によって当該自治体に損害を与えたと認めるときは、監査委員に対し、その事実があるかどうかを監査し、賠償責任の有無および賠償額を決定する事を求め、その決定に基づき、期限を定めて賠償を命じなければならない。」が既に、存在しているためでしょう。この条文は至極当たり前のことを書いているわけです。だが、実際には、長が賠償を命じるようなことはほとんど無く、有名無実化しており、まさにそのために「4号訴訟」の規定がある、といえそうです。4号訴訟は「代位訴訟」ともいわれ、賠償請求をしようともしない自治体に代わって、住民が″自治体に損害を返すよう″職員を相手に起こす無償の裁判です。( その意味で現行法はよくできている、ともいえます )

●今回の改悪では、上記の2条項をそのまま残していますから、このような現象が起きています。結果的に出納長、収入役などへの住民訴訟の提起は絶望的に難しくなりそうです。「腐敗の防止」という住民訴訟の本旨からみればこの問題は、細部の泥沼的法律論に陥る危険性があるので深入りしないほうがいいかもしれません。

(了)



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