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      環境を守る市民の情報戦略

青 山 貞 一

於:横浜・県民活動サポートセンター 1998年6月14日

稿は、かながわグリーンネット総会の基調講演をまとめたものです。

本ホームページの内容の著作権は筆者にあります。無断で複製、転載することを禁じます。

「戦略」と「戦術」をもった市民活動と情報の役割

 今年、NPO法案が成立した。こうした中、自然保護や環境保全などにかかわる環境NGOや市民運動にも新たな動きが出てきている。今春、通常国会でいわゆる「情報公開法案」が審議された。行政文書を国民が行政庁に請求する法律だ。アメリカでは今から約30年前の1967年に「連邦情報自由法」(Freedom of the Information Act)が制定され、国民の知る権利を連邦法として保証している。これに対し、日本では東京都、神奈川県などの自治体で情報開示条例が制定されてきたが、国は法律をつくってこなかった。そのために様々な場面で深刻な問題が露呈している。

 HIV薬害エイズ事件もそのひとつだ。情報公開が徹底していれば、製薬会社、官僚、審議会の学者による歴史的な薬害悲劇は防げたかも知れない。長良川河口堰や相模川大堰問題でも早めに各種の環境調査報告書が公開されていれば事態は変わっていたかも知れない。最近、大きな社会問題となっているダイオキシン汚染だが、欧米では既に厳しい規制が行なわれている。しかし、日本では昨年(平成9年)になってようやく一部の規制が開始されたにすぎない。しかも、規制はゴミ等の焼却に伴う排ガスの規制にとどまっている。ダイオキシン対策が日本で遅れた理由のひとつは、日本で有害化学物質の情報公開が遅れていることにあると思う。

 日本は公害・環境解決の先進国だ、と言われた時期もあった。しかし、世界的に見て今の日本の環境立法、環境対策はどの分野でも先進諸国に遅れている。その根底にあるのは情報公開の遅れである。

 今回、「環境」と「情報公開」について話してほしいとかながわグリーンネット代表の青山学院大学教授の平松紘先生から頼まれた。今日は、私たちがここ5年行っている「情報」の発信、提供、公開を重視したNPO/NGO活動についてお話ししたい。それは「環境行政改革フォーラム(Forum on Environmental Administration Reform)と言う専門家とNGOが有機的に連携したNPOでありNGOのことである。大きな特徴は、情報発信、情報交流を大切にしていることだ。現在、その環境行政改革フォーラムが設置しているインターネットのメーリングリスト(電子掲示板の一種、以下、MLと略)には、約300人の専門家、新聞記者、学者、国会議員、地方議員、弁護士、コンサルタント、NGOが参加し日夜議論し情報交流している。

 配布したレジュメでは「戦略」「戦術」という言葉を使った。これは私たちが「何をしたいのか」「そのために何をするのか」という事を、行動を起こす前に考えることを意味している。例えば、「丹沢の緑を守りたい」という様な漠然としたことから環境問題にかかわりたいという事があるとしよう。それを「どうやるか」一人でやるという事もあるだろうし、行政に働きかけたい、国会議員に質問してもらいたい、弁護士に働き掛けようなど、いろいろな方法がある。


情報弱者の救済−日米情報民主主義比較−

 私たち日本人がインターネットを使えるようになってまだ2〜3年しかたっていない。しかし、アメリカではインターネットを使った電子図書館がサンフランシスコだけで数10ヶ所もあり、市民なら無料で電子メールやホームページが使える。連邦政府や州、市の各種情報を検索し、情報を読め、さらに役所に対しても情報発信できる。元々、アメリカでは市内電話がほとんどの地域で無料である。だから古いパソコンでも持っていれば、家からでもインターネットを自分の手足として使える。それさえ難しい人に対しても電子図書館で無料で使える。

 アメリカでは、古いコンピューターを使い、それをゴミにしないで、市民が回収・修理し、低価格あるいは補助をもらって無償で学校などに配布する活動をしている。そのNPOさえある。お年寄りが自宅からでも政府に文句を言える仕組みが出来てきている。日本では、これに対して高いパソコンを買わされ、電話代もバカ高い。プロバイダーへの支払いもけっして安くない、というのが現状だ。このように情報公開でも、情報提供でも、日本は米国に大きく遅れをとっていると言える。

 インターネットと言うと、日本では電子ショッピングなど商売(e-business)の話や便利さだけが強調されている。しかし本場アメリカでは、インターネットは、コンピューターネットワークデモクラシー、つまり「電子民主主義」とでも言える新しい状況や展開がある。インターネットに象徴される電子ネットワークは、今や民主主義の本場アメリカで新たな草の根民主主義を創出しようとしている。それを制度的にバックアップしているのが連邦情報自由法だ。アメリカでは30年前に連邦情報自由法(FOIA)が制定されたのに加え、一昨年は連邦電子情報自由法が制定されている。

 その背景には、情報の公開、提供、発信を民主主義の基本とする風土がアメリカにある。一昨年の冬、アメリカの消費者・市民運動のリーダーで知られるラルフ・ネーダーが来日した。その時、ネーダーは「情報は民主主義の通貨である」と述べた。資本主義社会では「通貨」が重要な役割を演ずるように、民主主義国家では「情報」が社会の鍵を握るということだ。

 このように、日本とアメリカでは、国民の知る権利の制度保証だけでなく、実際に情報弱者を救済するしくみについても大きな違いがある。高度情報化社会が進展するにつれ、情報や情報化が私たちに何をもたらすのかについて、私達はもっと真剣に考え、行動する必要があると思われる。


インターネットメーリングリスト(ML)の市民的利用

 インターネットの市民的利用は、これからの環境NGOや住民団体にとってきわめて重要なものとなる。たとえば、現在、あちこちで使われているインターネットのメーリングリストは、参加している誰が情報を発信しても、本人を含め参加しているすべてのひとびとに文書が同報される。

 このインターネットのMLを使えば、参加者は誰でも3分間10円で相当長い文章(メール)でも簡単に参加メンバー全員に送ることが出来る。MLは、今や欧米の市民運動やNGOできわめて有力な情報伝達、そして情報交流の手段となっている。私たちの環境行政改革フォーラムでは、ML(e-forum)をさらに発展、改良し、誰でも簡単に写真や地図などの画像を送れるようにしている。

 たとえば、野鳥の会のメンバーなら、オオタカの写真をデジカメで撮り、それをすぐにメーリングリストに投稿すれば、全国、いや全世界の参加メンバーがすぐに、写真に近い画質でそのオオタカを見れる。実際、名古屋の藤前干潟と言う貴重な干潟を名古屋市がゴミで埋め立てる計画をめぐり大きな紛争が現地で起きている。現地の干潟を守る会や野鳥の会の人たちが干潟に飛んでくるシギやチドリの野鳥の写真をとり、私達のMLに投稿してきた。こうすれば、「なるほど、すばらしい干潟だ」「ではみんなで現地に見に行こう」という事になる。実際、今年の春、私達は東京から有志が現地見学を行った。

 私達のMLでは、こうして参加者から投稿されたメールがこの1年で何と5000本も行き交った。そのなかにはアメリカやイギリスなどにいるメンバーからの投稿もある。投稿されたメールは、データベース化され、あとからインターネット上で検索し閲覧できる。たとえば、キーボードから「シギ・チドリ」と入力すると、過去に投稿された何1000のメールの中から「シギ・チドリ」に関係したメールが検索され読めるわけだ。こうして参加者が毎日議論し、情報提供していけば、市民レベルですばらしい環境情報データベースができあがる。

 このように、インターネットはNGOや市民運動の活動方法を大きく変える可能性をひめている。電子メール、ホームページ(HP)、MLを上手に使うことによって、頻繁にメンバーが顔をあわさなくとも、人的なつながりをつくる事も出来る。それぞれの都合にあわせた市民活動、NGO活動が可能となる。さらに、国会議員や専門家がそのMLに参加していれば、公衆の面前でそれらの人たちに質問を出し回答も得られる。

 MLでは、思いもよらぬ専門家から自分達のNGOにサポートが得られるかも知れない。こうして、NGOと専門家・政治家・役所・弁護士などがインターネット上で連携することにより、今まで不可能と思われてきたことが可能となるだろう。レジュメでは「ライフスタイルに合わせた活動」と書いた。これは自分のライフスタイルにあわせてNGO活動ができるようになることを意味している。NGOも組織つくり運営する事にキリキリとするのではなく、緩やかな組織の中で地域の人々が情報交流をして、協力しあう事が可能となる。


情報公開制度の市民的活用

 神奈川県や東京都にも情報開示条例が制定されている。しかし、国にはいまだ法律がなく、裁判を起こすこともできない。アメリカでは、30年前に連邦情報自由法が制定され、一昨年には電子情報自由法ができた。その結果、インターネットに流れる情報も軍事・外交・防衛・個人プライバシー以外は請求すれば開示しなければならない事になった。日本で今、国会に上程されている法案でもそうした事になっているはずだが、実際には数多くの問題点がある。例えば、特殊法人の情報は公開されない。特殊法人は、「もんじゅ」の事故にかかわる動燃事業団、道路公団、住宅公団など政府に準ずる組織だ。例えば、国際協力事業団は膨大な税金や財政投融資の資金を使ってインドネシアに支援したり、中国に援助したりしているが、それらの組織の情報が公開から除外されている。

 それから日本には、公益法人といって財団法人、社団法人などが2万以上ある。しかし、それらの組織も情報公開から外れている。また、今の法律案では裁判を起こそうとした時に東京地裁でないと起こせない。だがら裁判を起こそうとしたら東京に来なくてはならない。例えば沖縄の人が防衛庁に基地の資料を出せと請求しても、政府からそれは外交・軍事に関係するから出せないと拒否された場合、それに対し「不服審査」を請求する、そして行政裁判をするという事になったとき、東京にこないと裁判もできないことになる。何人かで東京まで出てくると、それだけで飛行機代だけで数10万円にもなってしまう。さらに、発電所・工場・ゴミ処分場などをつくる場合、その政策立案過程、つまりいつ誰がどこでどのようにそれを決めたのかについても除外規定の一つとなっている。その都度、国の審査会に提訴したり、裁判所に提訴しなければならない。もとろん提訴したからといって、それだけで公開されるとは限らない。おそらく....のおそれがある、などとして多くは非公開となるだろう。これは政策形成過程、意思形成過程における情報公開の問題である。

 昨年、環境影響評価法(環境アセスメント法)が制定された。来年の6月から施行される。しかし、実際にそれをどう運用するかについては現在、環境庁と建設省・通産省・運輸省の間で協議を行なっている。その中で、政令・省令、施行令・指針・技術指針などが作成される。これによってアセス法の実質的内容、効力が決ってしまう。だが、その協議の内容はほとんど国民や議員じ公開されていない。それは「意思決定過程の資料」だからと公開されない。アメリカの場合、この種の寿情報を連邦政府に請求すれば日本人が請求しても、極端な場合インターネットでその日のうちに請求した情報が届く。これは電子情報自由法ができ可能となったことだが、日本では、国会の審議の議事録についても国会図書館に行かないと見られない。議員には二週間ほどして届くが、議員やその政策秘書の方と関係、コネが無いと見せてもらえない。

 アメリカの場合、国会審議の議事録等は誰でもホームページ(HP)の上で見ることができる。ダウンロードして印字することも出来る。だが、日本ではテレビで国会中継されている時はVTRをとれば良いが、そうでないと国会で議論されている事すら知る事が難しい。今回の情報公開法は、行政の話だけなので対象外となっている。特に特殊法人・社団法人・など非営利団体と言っているが、数十億の規模でやっていて明らかに利益を出しているのに税金を払っていない。それについて、私たちが情報を公開させる事が出来ない。

  ※ 現在、国会の本会議、委員会審議の一部は、国会テレビ及びストリーミングをつかった
     インターネットテレビでみることができるようになっている。


 先々週、私たち環境行政改革フォーラムが問題提起した次のような事があった。
 今、日本社会では、ダイオキシン汚染が重大な社会問題となっている。しかし、日本のダイオキシン測定価格が非常に高いという事が分かってきた。アメリカの友人に聞いた上で、アメリカ12社・カナダ3社・ドイツ2社にインターネットで測定価格を聞いてみたところ、一週間ほどで回答がきた。結果は日本の価格の約2分の1だった。日本の分析費用が高額なのはおそらくいわゆる業者間の談合の結果ではないかという疑惑がでてきた。

 これはインターネットを通じてわかり、知り合いの新聞記者に知らせて、記者がさらに詳しく取材確認した上で全国紙の一面に二日にわたって掲載された。そして先日、公正取引委員会が20数社に同時に立ち入りをした。これは、私たちと新聞記者、国会議員、アメリカのNGOが連携し、インターネット上で情報交流してきた大きな結果だと思う。新聞記事によれば、厚生省の外郭団体(公益法人)につくられた研究会が分析費用を調整する舞台となっているようだ。しかし、公益法人は、情報公開法では公開の対象から外すというのだ。

 情報の公開と提供、二つの言葉は似ているが、前者は国民なり住民からの請求があって出す場合を示す。例えば、知事交際費について情報を出してと求める場合を考えよう。条例では、交際費を公開しないとした場合には、不服申請をし、それでも駄目な場合には、最終的に裁判に提訴して情報を公開させて行くことになる。これが情報公開だ。東京都の場合、大部分の資料は2週間で出てくる。しかし、これで出ないものは2ヶ月かかり、それでも出ない場合には、1、2年もかかる。私達の仲間は、2年もかけ多額のお金をかけて情報を出させたこともある。私達にとって重要な情報は、仮に情報公開条例があっても公開させるには膨大な時間と費用がかかる現実があることを知る必要がある。

  ※ 後に制定された情報公開法では、審査会を経ずにいきなり裁判所に提訴することもできる

 これに対して情報提供は、行政が住民に言われなくても出すことを意味する。神奈川県の本庁舎の三階に県民情報センターがある。本来、大部分の行政資料、報告書など行政文書は、税金を使って調査し作成しているのだから、行政は積極的に情報を県民に提供しなくてはならない。しかし、行政にとって都合の悪いものについては、なかなか出さないのが現実だ。また出す場合でも、情報の提供料や媒体量が非常に高額であることもと問題となる。特に国は白書でも数千円、政府職員名簿もCD−ROM版に至っては数10万円と馬鹿高い金額をつけている。

 この種の職員名簿は、アメリカの場合、連邦政府職員用でも3千円にすぎない。日本では、いつも「市民が買わない事を前提にしている」のに対して、アメリカでは市民、納税者が使うことを前提にしている。しかも同じ物ををインターネットでもとれる。この場合にもダウンロードするのにかかる費用は受益者負担になっているものの情報提供料は無料である。さらにこれを負担できない人のためには先ほど述べたサンフランシスコの電子図書館などがある。


「環境行政改革フォーラム」の活動事例

 ここ5年、私達が具体的に行ってきた活動についてお話しし、みなさんの活動にヒントとなればと考える。
 私たちが取り組んでいる事は、大別して二つある。その一つは先ほどからお話してきた「電子ネットワークの徹底活用」、もう一つはNGOと専門家が連携して問題の解決にあたるということだ。以下に具体例をお話しよう。



1)ナホトカ号重油流出事故


 日本海でのナホトカ号座礁による重油流出事故では、インターネット上で専門家とNGOの連携がはかられた。去年の一月、東京の渋谷の国連大学地下の会議室で、国際学会の日本支部設立総会があった。その会合に、ナホトカ号重油流出の現地である石川県にある星稜女子短期大学の沢野講師が参加された。たまたま私の隣に座り会わせたこともあり、講師から「コンピュータを使って重油が今後どちらに流れるかについて、いろいろ検討しているがどうもうまくゆかない」「国や海上保安庁は沿岸にはたどり着かない様な事を言っているが、どうなのか」「風の影響を考慮するにはどうしたらよいか」などと話しかけてきた。

 星稜女子短大の講師の方からの質問に私なりに回答した。湾岸戦争の時にペルシャ湾から流出した原油の流出方向をコンピュータシミュレーションで予測し、公表してきたこともあった。そこで、環境総合研究所の研究員が総出で次の日からボランテアで日本海のナホトカ号座礁による重油流出問題に取り組みはじめた。油の流れは海流、潮流だけでなく冬場の強風など風の流れに大きく影響を受ける。これは湾岸戦争のときの大きな経験でもある。日本海沿岸の海洋地形をモデル化し、大阪にいるこの分野で京都大学で学位を取得している同僚から日本海の外海でのシミュレーションのポイントをインターネットや電話でやりとりし、3日後からコンピュータシミュレーションで流れを予測し、その結果を逐次、インターネットのHP上で公開した。

 予測結果は下図にあるように海上保安庁の言い分とは異なり、「沿岸に油が流れつく」こと「さらに沿岸にそって能登半島を北上する可能性が強い」ことなども分かった。もちろん、この種の予想は万一外れた場合を考えれば研究者の命取りにもなりかねない。常日頃の周到な準備があってはじめて可能となったことは間違いない。

 
ところで、このナホトカ号油流出事故では、コンピュータシミュレーションのための基本データ、たとえば現地での風の流れや向きとか、油の漂着情報などのデータをインターネットのMLを使い収集することができた。当時、日本海側の市民も専門家も行政も皆、必死だった。石川の人、能登の人、佐渡の人も、珠洲の人も、必死で情報を集め提供してくれた。佐渡島のある小さな企業の社長さんは社員に、「お前、沿岸に油が漂着しているかどうか見てこい」と暴風雨の海に油の漂着状況を見に行かせたりした。そうして私たちが予測したものと実際の油の流れがどうあっているのか、それともずれているか、風による影響がどうなのかなどが分かってきた。

 
富山湾に重油が入るかどうかについても、富山湾に流れ込む神通川の流量によって渦の巻きかたが替わってくる。これについては富山大学経済学部の桂木教授が富山県の議員を介して情報を出してもらい、それを私たちにFAXで提供してくれた。送ってもらったデータをもとに数時間後に結果が出たとき、その直前に25m/sと言うものすごい風が富山湾地域に吹いて、予測では富山湾に入るはずの重油が新潟側にに流れ出ていってしまった。笑うに笑えないエピソードもあった。

 
ナホトカ号や阪神淡路大震災のような緊急時、災害時の情報交流では、新聞社や通信社を経由した情報では役に立たないことが多い。ナホトカ号重油流出では、海上保安庁が当初「沿岸には油は到達しない」と全く違う予想をたてたことが、その後の現場の大混乱のもとになってしまった。ナホトカ号では、私達はシミュレーション作業中、現地に行かず、現地の人たちとインターネット上で情報をやりとりすることにより、かなりの精度で油の流れを予測することができた。もちろん、現地を見ながら作業ができればそれに超したことはないが、東京から現地にいるNGOや専門家とML上でタイアップすることにより、それなりに適切な予測ができたと思っている。

 
その半年後、夏の東京湾でダイアモンド・グレース号が座礁した。この時にナホトカ号の経験が活かされた。たまたま朝日新聞がヘリコプターを用意してくれ、上空から東京湾のすみずみを見ることができた。油の光ぐあいからだいたいの流出量を計算し、どのあたりにどのくらい流れるか、また初期の段階で揮発したものがどの程度大気汚染が浦安などに到達したかを計算し、東京臨海部にあるフジテレビと日本放送から湾岸地域住民に情報を提供した。後日、朝日新聞でナホトカ号とダイアモンドグレース号の場合、同じ油流出事故でもどこがどう違うのか、その経験をどう役所は活かすべきかという事を「時々刻々」で総括した。このように、専門家とNGOや報道機関との連携により今まで行政ができなかったことに適切に対応し、情報を公開することも可能となる。


2)大分県ワールドカップサッカー場建設と自然保


 私たちのNGOは、国会の会期が始まると、国会議員に質問してもらう課題をインターネット上で全国から募集している。その一つの事例として、大分県大分市のワールドカップ・サッカー場建設に伴う自然環境保全の話をしたい

 
大分県は全国でも数少ない環境アセス条例をもっていない県である。そして県はワールドカップのサッカー場を建設する候補地として、たまたま大分市南部にある自然度の高い地域を選んだ。このままではそこに生息するレッドデーターブックでも上位にある大分サンショウウオなど、絶滅に瀕している動植物の多くがその地域で絶滅するとの内部調査報告が出された。しかし、大分県には環境アセス条例がないため、その環境調査報告書は内部資料として非公開のままだった。

 
環境調査報告書では、「このまま工事が実施されると日本は国際自然保護連盟から提訴される」とまで書かれていた。これを知った地元のテレビ放送局の関係者は、取材しても没にされてしまうかもしれない、と考えた。そこで私たちに国会質問で取り上げてほしいとe-mailしてきた。

 申し出があった日から以下に述べるすべてをするのに、私達はわずか3日間しか要さなかった。まず、内部資料となっていた自然環境についての現地調査報告書の主な部分を現地の報道機関からFAXで事務局まで送ってもらい、それにコメントをつけY参議院議員の政策秘書に送りあらかじめ読んでおいてもらった。さらに同じ報道機関の在京機関に働きかけ、参議院決算委員会で議員が質問する内容をテレビ取材し大分の現地で、その日の夕方に放映する体制を組んでもらうよう依頼した。議員は大分の現地の事情をあまり知らなかったし、私も現地の事は詳しくは知らなった。しかし、内部資料となっている環境調査報告書は公表しない事を前提に作られていたので、「本当」の事がたくさん記載されていた。調査そのものは請け負った会社から下請けを通じて、野鳥や自然愛好家たちに一日幾らで調査を依頼していたようで、調査する側は真面目に必死で調べていた。それが、内部資料という事でそのまま載っていたのだ


 
こうして大分のワールドカップサッカー場の建設問題は参議院決算委員会で取り上げられた。環境庁は真っ青になった。というのも国会質問の前に、参議院議員の政策秘書が環境庁自然保護局にこの問題について照会の電話をしたが。しかし、環境庁の担当者はせっかくの議員からの情報提供にもかかわらず、「そんなことは地元から連絡をうけておらず知らない」と返事していた。政策秘書は、環境庁の担当者に「報告書を送るから勉強したらどうか」と進言したが、環境庁自然保護局の担当者は「その様なものはいらない」とつっぱねた。国会質問において取り上げた内容は、環境庁が自ら作成したレッドデーターブックで取り上げた動植物が絶滅することであり、環境庁自然保護局がその問題を知らないという事自体が大きな問題となった。これは大分県民に上記のテレビ報道を通じてすぐさま伝えられた。5つの新聞もこの一部始終を報道した。

 この例での最大の問題は、ワールドカップサッカーを行うスタジアムを自然豊かなところに建設することだ。しかも公開をセンタ邸とした環境アセスは全くしていない。さらに一部造成もしていた。仮にどんないい加減なアセスでも、あればこういう事にはならないだろう。 こうして地元報道機関から問題提起されたこの問題は東京を経由し再度現地に移り、工事はいったん中断、大規模な設計変更をする事になった。現地の放送局はその後、90分の特別番組を作り架橋総合研究所の服所長で環境行政改革フォーラム事務局長の池田こみちさんや地元の自然保護団体、県の当事者も出演し議論をした。いかに大分県がおかしな事をしたかが九州一帯に放送されて明らかになった。

 以上が3日間で行われた事だ。FAX以外は全部インターネットを活用して情報交流したことになる。



3)ダイオキシン問題


 この冬、私達が出した「ダイオキシン汚染−迫り来る健康への驚異」(出版社、法研 1200円)という本にも書いたことだが、20年前、オランダでゴミを燃やすとダイオキシンが発生するという事が分かった。にもかかわらず、日本では、今頃こんな事になったのか、やはり市民、県民への情報提供や情報公開に問題があったと思わざるをえない。

 
所沢市は、5年前(注:平成4年)に800万円弱の費用で私たちの環境総合研究所に大気汚染の将来予測についての環境調査を依頼してきた。何しろ所沢市周辺地域には多くの廃棄物焼却炉が密集して立地されている。私たちは研究員一同全力をあげ調査した。その結果さまざまなことが分かった。しかし残念なことに、多く情報が結果的に隠された。厳密には隠されたというより、市役所は積極的に議員や市民に情報を提供しなかったと言うことだ。しかも、調査報告書が表にでた時には、所沢はダイオキシン汚染地域で全国的、世界的に有名になってしまっていた。

 明日ワシントンDCのNGO関係らの5人が来日する。彼らが最初にE−mailで私に言った事が「所沢に行きたい」という事だった。所沢に沢山ある市民団体とアメリカでダイオキシン被害を受けているひとびとが情報を交流し、国際的に連携をしようという事になったのである

 ところで、日本のダイオキシン問題は、HIV問題とも似ている。かなり前から測定分析業者が、厚生省の外郭団体に設置した私的研究会の下で、一検体(サンプル)につき30万〜40万円という高値で業務を受けていた。これについて私的研究会に参加しているある会社のひとから事実上談合をしていると言う告発を事務局が受けた。

 
私達はダイオキシン・オンブズマン活動として欧米の分析ラボにインターネットなどを使い調査を行った。アメリカやカナダの分析会社から、「なぜ日本の測定分析費は、そんなに高いのか」と言ったメールが寄せられた。欧米ではダイオキシン対策が進んでおり、分析会社が暇となっている可能性もあり、分析価格が安くなる可能性もある。そこでワシントンの人と連携をとり、サンプリングを日本で行い、それを海外に送り、分析を依頼し、結果を早めにインターネットで送ってもらうとすれば、10〜15万円で測定分析することも可能でないかとなった。このこと一つとっても、情報の国際連携が重要だ。ワシントンとは時差が11時間あるが、Eメールならまったく問題なくやりとりできる


4)情報公開制度の市民的活用

 日本では、県・市でも審議会が少しだけ公開されるようになってきた。国はほぼ公開となってきたが、たとえば、まだ議事録は公開しないというようなことがある。例えば東京都の場合は、環境アセス審査会は全面非公開となっている。こ理由は、委員に住民から圧力がかけられる可能性があり、公正な運営ができなくなると言うものだ。東京都は当初委員の氏名まで公表していなかった

 
フォーラムの幹事で情報公開を専門にやっているメンバーが、情報開示手続により審査会委員の氏名、年齢、経歴などの情報公開を請求したところ、半年ほどかかったが名前と年齢と専門分野の簡単な資料が出てきた。年齢は平均で71歳。大部分が大学の名誉教授であった。そういう年齢の方が、枕のように分厚いアセスの報告書を2時間くらいで内容をチェックできるのかどうか、あるいは本当にチェックできるているのかどうかが問題となる。これ以外にも、東京都が業者に発注している環境調査、環境アセスメントの業務について、指名競争入札に参加した会社名、どんな額で入札したかなどを全部公開させてきた

 
東京都の情報開示条例では、資料のコピー代とは別に、請求一案件につき200円の開示手数料をとる。したがって過去3年分の環境関連調査の全部を開示させることなると数十万円も手数料がかかる。これを私達は自己負担している。ところが手数料は、一決済について200円だが、一冊の報告書でも200円である。さらにそれらをコピーするとなると一枚につき20円〜40円もとられる。神奈川県の場合の費用負担は分からないが、私達はこれほど費用がかかること自体が問題だと思っており、現在その改善を申し入れている


5)愛知万博


 愛知万博については今環境アセスをやっている。対象地は愛知県の瀬戸市の海上の森という場所だ。自然の豊かな所である。ギフチョウがいたり、環境庁の自然度調査でも7〜8というところがある。現地では、「どうして自然を壊して環境万博をやるのか」という声があがっている。野鳥の会など自然保護の方がこぞって反対し、公聴会で200人が公述することになった。しかし、一回目の公聴会の前に環境アセスの方法書(スコーピング)関連調査が行われたが、何と冬にはいないサンコウチョウという貴重な鳥が何十羽も冬にいると調査報告書書いてあった。そこで野鳥の会の元愛知県支部長をしている方が、「この報告は全く信用できない。もしいるならば、愛知県は日本で一番の自然の宝庫になってしまう」と批判した。ところが県側は当初、そんなことはないと言っていた。だが、よく調べて見たらデータ入力ミスと言うことになった。県が修正したら、またその時期に絶対にいない鳥が入っていた。

 先日、愛知県の元野鳥の会の方からメールが来て、いい加減な調査をした会社について調べてほしい、と依頼され愛知県と名古屋市の環境部にいる友人にインターネットのe-mail依頼した所、一時間ほどで返事が来た。そのアセス調査をした組織は、県の外郭団体で自然環境保全室の所管する公益法人、つまり愛知県の自然保護部局の外郭の公益法人が、県から数千万円で調査を元請けして行っていたことが分かった。しかも、その外郭団体には県の人間が天下ったこともある事も分かってしまった。このようにインターネットを使った情報交流によって、いながらにして公聴会の公述人に情報支援が可能となる。

終わりに−これからの活動のために−

 
最近、霞が関、たとえば環境庁、建設省、通産省などでもインターネットが日常的に使われるようになっている。政策立案過程や環境アセスなどについて国民が意見をE−mailでも受け付けるようになってきた。私達が意見書や要望書などでインターネットを使う最大のメリットは、ぎりぎりまで時間がかせげることだ。

 一方、環境NGOの活動でもインターネットは必須の道具となっている。たとえば、昨年の今ごろ注目を集めた諫早湾閉め切り問題では、諌早からNGOが全国にFAXを送るために膨大な費用がかかってしまったと言われている。もしこれが電子メールだったら、10円で同じ事が出来る。さらに、多くの人々に簡単に自分達の主張を呼びかける事も可能だ。今後、NGO活動でも絶えず費用対効果を考慮することが問われるだろう。費用をかけずしかも効果的な情報伝達、情報発信が大切となってくる

青山貞一 あおやまていいち
日本で唯一の「闘うシンクタンク」環境総合研究所の設立者。日本には珍しい環境ロビイストとしても活躍。東工大・早大講師を兼任。研究所は地球物理学者から経済学者まで10人の専門スタッフをもち、川崎市環境基本条例や環境基本計画など先駆けとなる立案を行なう。NGOとして、湾岸戦争とナホトカ号重油流出の環境予測や30件余の住民支援を行ない、住民団体の依頼によるアセスで計画変更を勝ち取る。とくに環境情報収集とインターネットによる情報公開に力をいれている。

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