池田こみち |
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2013年10月9日〜11日の3日間、熊本県水俣市や熊本市などにおいて、水銀による健康被害や環境汚染を防ぐために水銀の採掘から使用、排出までを規制するための「水俣条約」採択のための国際会議が開催される。条約そのものは、批准国・地域が50を超えてから90日後に発効する。石原伸晃環境相は8日の閣議後会見で、「水銀に関する水俣条約」の採択・署名のための外交会議で、日本政府が同条約に署名することを明らかにした。 外交会議には140カ国・地域の政府代表ら800人が参加し、10日に条約を採択する予定となっており、国連環境計画(UNEP)は2016年の発効を目指している。 筆者は、2011年1月に千葉の幕張で開催されたINC2(第二回政府間交渉委員会)に先駆けて2010年暮れに開催されたNGO主催の国際会議に参加した。 ◆池田こみち:今なぜ、水銀問題か−水俣病と世界の水銀問題国際シンポジウムに参加して − http://eritokyo.jp/independent/ikeda-co1138.htm 日本政府は当初から、この国際条約に「水俣条約」という名前を付けることに固執した。しかし、一部水俣病の被害者などから「水俣病は未だ解決していないにもかかわらず、水俣条約という名前を付けるのは疑問」との指摘や、「中身が不十分な条約の採択で国が水俣病問題の幕引きを図ろうとしているのではないか」との警戒感も示された。長年差別や偏見に苦しんできた被害者らにすれば、水俣に対する見方の固定化を懸念し、抵抗を感じるとの主張も無理からぬものであったが、結局、政府・環境省の強い要望が通り、今年1月スイスで開かれた会議「水俣」という地名を冠することでで合意した。 2001年に国連(UNEP)が地球規模の水銀汚染に関する活動を開始してから、12年が経過していることからもわかるように、この条約が採択に至るまでには長い道のりがあった。しかし、国内ではそれほど関心を持たれなかったことも事実である。ここで改めて、どのような条約なのか、特に、日本にとってどのような意味を持つのかについて考えてみたい。 ■参考資料:水銀に関する水俣条約の概要 平成25年9月環境省 http://www.env.go.jp/chemi/tmms/convention/treaty_outline.pdf に解説があるが、以下に日本との関係について概観する。 1.水銀の使用量と使用分野世界で使用される水銀の量は、年間約3800トンとされており、途上国における金の採掘、そして化学工場で触媒としての使用が半分以上を占め、その他、電池・蛍光灯・歯科治療用材料・計測機器などにも使用されている。2.水銀の環境中への排出状況上記のうち、最も環境中に水銀を排出している分野は途上国などにおける金の採掘であり、37%を占めている。次いで化石燃料燃焼(25%)、非鉄金属生産(10%)、セメント精製(9%)、廃棄物(5%)、などと続いている。地域ごとに見ると、アジアからの排出が全体の約半分、次いでアフリカ(17%)、中南米(15%)となっており、途上国が8割超を占めている。日本について2010年に開催された水銀条約に関する公開セミナー資料から見てみると、次のようになっている。
(出典;我が国及び世界の水銀の使用・排出状況、(独)国立環境研究所 貴田晶子、2010.12.16 水銀条約に関する公開セミナー資料) また、今回規制されることになった輸出量は、年間100〜120トンで、世界第三位となっている。(水銀学習会「資源回収30年ー知られざる水銀処理の実態」野村興産株式会社 取締役技術部長 鮎田文夫氏 講演録 水銀汚染検証市民委員会 主催 掲載 30 May. 2011 http://www.eforum.jp/waste/nomurakosan-ayuta-mercury.htm) 3.条約の目的同条約は世界規模で水銀の採掘から使用、管理までを包括的に規制し、水銀が人の健康や環境に及ぼすリスクを低減するのが目的とされている。4.主な条例の内容条約では、(1)水銀を含む体温計や水銀を一定量以上使用した蛍光灯などの製造、輸出入を原則禁止、(2)大気や水、土壌への排出削減、(3)適切な保管と廃棄、(4)途上国の金採掘現場で金を抽出する材料としての使用と排出を削減 といった内容が規定された。石原環境相は「早期発効に向け、これから開発をする途上国に水俣と同じような悲劇を二度と起こさないように支援するのが我が国の使命」と述べ、政府は外交会議に合わせて途上国に技術や資金面での支援策を表明する方針を明らかにしている。しかし、海外への技術支援や資金援助だけでなく、国内の実態の目を向ける必要がある。 国内では金の採掘はほとんど行われていないことから、大気中への排出が問題となっている。条例では、大気への排出について次のように規定されている。 ■大気への排出(条約第8条)
5.水俣条約の課題ここで肝心なことは、水銀を大気中に排出する可能性のある施設に対する規制が明確に示されていないことである。「排出削減対策」は必ずしも「排出規制」に結びつかない。各国の事情を考慮して、排出規制を明示的に盛り込むことを避けた格好である。その一方で、BAT・BEPといった言葉に象徴されるように、技術的な対応や自主的な努力に追うところが大きい内容となっている。実際、10月8日の日経新聞には、三菱重工業が石炭火力発電所による大気汚染を防ぐ新技術を開発し、排ガスから有害物質の水銀を低コストで取り除ける、というニュースが掲載された。スモッグの原因となる排ガス中の微小粒子状物質「PM2.5」を減らす技術などと併せ、石炭火力発電の利用が進むアジア新興国を中心に先端環境技術を売り込むとのことで、同社の株価も上昇した。 しかし、現実に目を向ければ、東京23区内の清掃工場で頻発しているように、廃棄物清掃工場からの水銀の排出は無視できない。それにも関わらず、現状の規制はといえば、@窒素酸化物、A硫黄酸化物、B塩素・塩化水素、C煤塵、Dダイオキシン類の5項目に限定されており、水銀をはじめとする金属類の排出基準は設定されていない。一般環境大気については、有害大気汚染物質の指針値が定められているが、大気に拡散して希釈されてから測定して判断するよりも、排出口での規制をしっかりと行うことが重要である。石炭火力発電所でさえ水銀の除去装置が取り付けられていないとすれば、焼却炉にはもちろん取り付けられていないはずである。 平成25年度の環境省の概算要求から関連予算を見てみると、今、熊本で開催されている外交会議開催費などに約4億円が投じられている一方、水銀対策に関する戦略策定事業 には7500万円がついているに過ぎない。 そこで、肝心な条約批准後の国内法の整備や体制の強化について、平成26年度の重点施策概算要求にも盛り込まれた内代を見てみると、その主な内容は、水銀条約の批准に必要な環境上適正な水銀廃棄物処理体制の整備等事業 に4900万円、そのほか、以下に示すように、主としてアジア諸国を中心とする途上国への資金的・技術的支援として総額約2億8000万円となっている。 ● 水俣条約の早期発効に向けた対応平成 25 年 10 月に採択される水銀規制に関する「水銀に関する水俣条約」の早期発効に向け、国内担保措置の検討を進めるとともに、アジア諸国を中心とする途上国に対する資金的・技術的な支援を行う。
国内の清掃工場について言えば、水銀は規制対象項目ではないため、排ガス中の濃度は測定されていないのが実態である。東京都、横浜市、名古屋市の3自治体で測定が行われているのみとの情報もある。つまり、排出実態すら明らかにされていないにもかかわらず、平成23年度現在で、一般廃棄物焼却施設は1200余を数え、産業廃棄物焼却炉約1600施設を加えれば2800を超える数の廃棄物焼却施設(炉数にして3600余)が林立していることを直視しなければならない。 アジア諸国における水銀測定・濃度予測の推進も重要だが、まずは、足下の国内の廃棄物焼却施設からの水銀排出の実態を調査することが先決である。国内の「一流」焼却炉が水銀問題で停止している実態は、国際的にも恥ずかしいことであり、日本の廃棄政策の欠陥を示している。何よりも、巨大先端技術を利用した焼却炉への依存が市民や消費者の分別意識を低下させていることにより、焼却炉からの排ガスのリスクは高まっていることに着目する必要がある。 さいごに確かに今回の「水俣条約」の採択と批准はアジアを中心とした途上国で深刻化しつつある水銀汚染の問題の解決に向けて国際社会が足並みをそろえて一歩踏み出した点で評価出来るが、その一方で国内の問題に目をつぶることは問題である。水銀に関する水俣条約の批准が国内にどのようなメリットをもたらすのか、明確に示す必要がある。水銀を含有する廃棄物(電池、蛍光灯、その他)の扱いをどのようにしていくのか、輸出禁止に伴う自治体の新たな負担が生じるのかどうかなど、足下の問題をどう解決できるのかを国民に示すことから初めてもらいたい。もちろん、水俣病の全面的な解決に向けた道筋も示す必要がある。 水俣条約の意義は次のようにうたわれているが、もうひとつ肝心なものが抜け落ちている。国内問題への解決に資する道筋が示されることである。
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