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地方自治体の首長らの責任を追及するための住民訴訟制度が、骨抜きにされようとしている。行政に対する主権者による監視、チェックの重要性がますます高まっている時代に逆行する動きだ。
住民訴訟制度
住民訴訟制度は地方自治法で決まっている。違法な公金支出や財産処分などが行われたと考える住民は、まず監査請求する。その結論に不服なら、首長、担当職員らを相手に、違法支出、自治体の損害と考える金額を自治体に返すよう求めて提訴する。これが住民訴訟である。
個人が被告なので、敗訴した場合の返還金はもちろん、訴訟にかかる費用を公費で負担することは許されない。このため、首長らの心理的、金銭的な負担感が強いといわれる。
今春の通常国会から継続審議になっている政府の改正案では、住民はまず、自治体の機関、つまり首長らのポストを被告にして訴訟を起こさなければならない。自治体側の敗訴が確定すると、代表監査委員があらためて首長ら個人を被告として返還請求の訴訟を起こすことになる。
訴訟が二段階になり、住民が個人の責任を直接問うことはできない。
第一次訴訟では、被告が個人ではなく、自治体そのものともいえるので、首長らは訴訟活動に税金と職員を使うことが法的に可能になる。
これでは資金的にも人的にも圧倒的に不利な住民が追及を断念する事態が続出するだろう。個人の違法を隠すために公費が使われるという極めて不合理な事例も生まれる。
たとえ最初の訴訟で住民側が勝っても、代表監査委員が第二次訴訟を起こさなければ、勝訴判決は空手形になりかねない。第二次訴訟が起こされても、この訴訟に住民本人は関与できないので、主権者不在のあいまいな決着になる恐れもある。
この改正で住民訴訟制度が形がい化することは明らかだ。
改正を推進する側は、一九九五年から五年間の住民訴訟が八百二十八件ありながら住民が勝ったのは7%にすぎないことをあげ、「乱訴を抑制する必要がある」と言う。「訴訟を気にして政策判断が過度に慎重になる弊害もある」とも言う。
しかし、勝訴率の低さは司法の行政追随の表れ、との見方も有力だ。首長らの訴訟警戒は違法な行政執行の歯止めとして大事である。
地方分権時代の到来で自治体の主体性がますます問われる。その主体性は透明な行政、住民主権の確立のもとで発揮されなければならない。この要請と背反する住民訴訟制度の“改悪”は許されない。
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