福井秀夫
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1 はじめに
1997年6月、長年の懸案課題とされてきた環境影響評価法(以下「環境アセスメント法」という)が成立し、日本で初めての法令に基づく環境アセスメント手続きが実現する運びとなった(1)。環境負荷に関する独立の手続きをもつ統制手段が法的に整備されたことは画期的であり、環境負荷における自己責任原則の確立への第一歩として高く評価できる。本稿では、今般成立した環境アセスメント法の概要を紹介するとともに、その内容に関する問題点、改善の余地についても併せて法と経済分析の観点から論じることとする(2)。
2 立法にいたる経緯
1972年6月、環境保全に関する国民意識の高まりを背景として「各種公共事業に係る環境保全対策について」との閣議了解により、政府として各種公共事業の実施に伴う環境保全上の問題が生じることのないよう、次の措置を併せて講じることが決定された。
第一に、国、政府機関等は、道路、港湾、公有水面埋立等の各種公共事業を実施しようとするときは、計画立案、工事実施等に対し、当該事業の実施により公害の発生、自然環境破壊等、環境保全上重大な支障をもたらすことのないよう今後一層留意する。
第二に、国の行政機関は所掌する公共事業について、当該公共事業主体に対して、予め必要に応じ、環境に及ぼす影響の内容及び程度、環境破壊の防止策、代替案の比較検討等を含む調査研究を行わせ、その結果を把握した上で、所用の措置をとるよう指導を行う。
第三に、地方公共団体においてもこれらに準じて所用の措置が講じられるよう要請する。
これらの措置は、個別事業者毎の判断で行われるものであったが、その後、環境庁により統一的な環境アセスメント法案が1981年に取りまとめられ、国会に提出されたものの、1983年にいたって廃案となった。このため、環境庁は環境アセスメント法案を断念し、1989年8月「環境影響評価の実施について」との閣議決定がなされ、これに基づき国が実施、または免許等で関与する一定の事業について、統一的に環境アセスメントが実施されることとなった(以下、本閣議決定に基づくアセスメントを「閣議アセス」という)。
閣議アセスの手続きは概ね次のとおりである。事業者が事業に着手するに当たり、環境影響評価準備書を作成し、これを関係知事、関係市長村長に送付するとともに、公告・縦覧、説明会の開催等を行い、これらを踏まえて環境影響評価書を作成する。これについても、関係知事、関係市長村長への送付、公告・縦覧等を経て、主務大臣の免許等を通じて、事業内容に環境アセスメントの内容が反映されることとなった。環境庁長官は、行政庁の免許等に当たって意見を述べることとされており、間接的な関与の手続きを採ることとされた。
閣議アセスに基づく環境アセスメントは、政府全体として、1996年8月末現在356件の実績がある。これらのうち道路に係るものは244件(うち158件は、都市計画に関するもの)市街地再開発事業等のいわゆる面的整備事業に関するものが50件(同43件)となっており、道路事業に関するシェアがきわめて高いのが注目される(3)。その後、国際行政の変化、国民の間における環境意識の高まり等を背景として、政府における調査・研究の取組が1994年度以降なされ、1996年6月には、内閣総理大臣から中央環境審議会に対して法制度かを含む今後の環境アセスメントのあり方についての諮問がなされた。これに対して1997年2月に同審議会からなされた答申の概要は次のとおりである。
(1)環境アセスメントに関わる主体の役割や行動ルールを明確にするため、法律による制度とする。
(2)環境アセスメントは、事業者自らが適正な環境配慮を行い、国が許認可等によって事業に関与する際に環境アセスメントの結果を反映させるとの趣旨の制度とする。
(3)事業者が事業計画を策定する過程のできる限りの早い段階からの外部の違憲を聴取する仕組みとする。
(4)制度の対象事業は、国の立場からみて環境保全上の配慮をする必要があり、かつ国が許認可等の配慮により、そのような確保が可能な事業とし、このような観点から閣議アセスよりも対象を拡大する。
(5)1993年に成立した環境基本法に対応して、生物多様性などの新の要素を評価対象とするとともに、環境影響をできる限り回避し、低減するとの観点から評価する視点を取り入れる。
(6)環境アセスメント後のフォローアップの措置を取り入れる。
(7)国の制度の対象とする事業については、国の制度に一本化するが、手続きの過程で地方公共団体の意見が十分に聴取され、反映されるような仕組みとする。
以上のような答申の内容に沿って、政府による環境アセスメント法案の作成がなされ、1997年3月の閣議決定を経て、第140国会に提出され、1997年6月政府原案通り可決成立し、同月交付されることとなった。
3 環境アセスメント法の概要
(1)目的及び対象事業
環境アセスメント法は「環境影響評価について国等の責務を明らかにするとともに、規模が大きく環境影響の程度が著しいものとなるおそれがある事業について環境影響評価が適切かつ円滑に行われるための手続きその他の所用の事項を定め、・・・環境影響評価の結果を・・・事業の内容に対する決定に反映させるための措置を採ること等により、その事業に係る環境の保全について適正な配慮がなされることが確保」することを目的としている(1条)。対象事業は、国の制度の対象ついては閣議アセスと同様、大規模で国の関与のある事業とされ、法で環境アセスメントを対象外とされた事業については、地方公共団体の判断に委ねられていることとなっている(60条)。環境アセスメントの対象となる事業の種類としては、道路。河川、鉄道、空港、電気事業、廃棄物処理施設、土地区画整備事業等を列記している(2条2項)。これらの種類別の事業については、その規模により第1種事業と第2種事業の区分を設けている(2条2項及び3項)。第1種事業は、一定の規模以上のもので、必ず環境アセスメントを行うこととなる事業であり、第2種事業はいわゆるスクリーニング手続きにより第1種事業に準じる規模を有するもののうち、環境影響の程度が著しいものとなるおそれがあるかどうかの判定を行う必要がある事業である。すなわち、第2種事業を実施しようとするものは、事業の許認可等を行うものに対して、事業の種類、規模、区域、概要等を書面により届け出なければならない(4条1項)こととされ、許認可等を行うものは、都道府県知事に対して環境アセスメント手続きを行う必要があるかどうかについての意見を求めなければならない(同条2項)。許認可等を行うものは、知事の意見を勘案して、届け出に係る事業の判定を行うこととなる(同条3項)。ただし、同事業については、事業者の判断により判定を受けることなく環境アセスメント手続きを行うこともできることとされている(同条6項)。
(2)手続きの早期段階からの実施
環境アセスメントには、計画段階からアセスメントを行う、いわゆる計画アセスメントと事業実施に至ってからアセスメントを行う事業アセスメントがあることとされているが(4)、環境アセスメント法はいわゆる事業アセスメントとして位置付けられる(5)。しかし、個別事業についてのアセスメントを事業計画をできる限り早い段階から行うとの趣旨から、環境アセスメント法ではいわゆるスコーピング手続きが導入された。すなわち、これは事業者、住民、行政などの関係者によるアセスメントにおける検討範囲の絞り込みのプロセスである(8〜11条)。具体的には、対象事業に係る環境アセスメントを行う方法について環境影響評価方法書(方法書)を作成し(5条)、これを公告・縦覧し意見を求めること(8条)により、対象事業に係る環境アセスメントの項目調査・予測及び評価の手法を選定しなければならないとされた(11条1項)。
このように方法書による違憲聴取手続きは、閣議アセスにはなかった手続きであり、後に述べる準備書に併せて二段階に渡る手続きが肯定されることとなった。
(3)環境アセスメントの内容
スコーピング手続きを経た事業についての環境アセスメントは、環境庁長官が定める基本的事項を踏まえて、主務大臣が定める指針(13条)事業所が作成する環境影響評価準備書(準備書・14条)によって、環境アセスメントの具体的な内容が規定される。準備書には、住民等からの意見の概要、都道府県知事の意見、これらに対する事業者の見解、環境アセスメントの項目、調査・予測及び評価の手法、環境アセスメント結果のうち、調査結果の概要、予測及び評価の結果を環境アセスメント項目毎に取りまとめたもの、環境保全のための措置、対象事業に係る環境影響の総合的な評価等を記載することとされた(14条1項)。環境保全のための措置には「当該措置を講じることとするにいたって検討の状況」が含まれることとされ(14条1項7号のロ)、これによって複数案の検討など代替案の検討が根拠付けられることとされている(6)。方法書、準備書については、ともに事業者から都道府県知事、関係市町村長に送付される(6・15条)とともに、公告・縦覧により一般に周知される(7・16条)。さらに、準備書については、説明会の開催が義務づけられている(17条)。住民等はこれらに対して意見書を提出することができ(8・18条)、意見書の提出が可能な範囲については、限定がなされないこととされた。また、これらについては都道府県知事は関係市町村長の意見を聞いたうえで、環境保全の見地からの意見を述べることとされた(10・20条)。これらの手続きを踏まえ、事業者は環境影響評価書(評価書)を作成し(21条)、評価書を事業者は許認可等を行うものに送付する(22条1項)。
(4)環境アセスメントの許認可等への反映
評価書は、許認可等を行うものを経由して環境庁長官に送付され(22条2項)、環境庁長官は評価書について環境の保全の見地から意見を述べることができる(23条)。許認可等を行うものは、環境庁長官の意見を勘案して事業者に対して評価書についての環境の保全の見地からの意見を述べることができる(24条)。環境庁長官の意見は、閣議アセスでは主務大臣から求められた場合に限られていたが、環境アセスメント法では、環境庁長官の判断により主体的に意見を述べることとされた。それに、事業者は、許認可等を行うものを勘案して評価書に検討を加え、修正を必要とすると認めるときは所用の補正等の措置を行うこととされた(25条)。補正後の評価書は、許認可等を行うものに送付され、環境庁長官にその写しが送付される(26条)。これらを経て、評価書が確定し、評価書について公告・縦覧が行われる(27条)。27条の公告により、対象事業の実施が可能となり(31条1項)、環境アセスメントの手続きが完結することとなる。対象事業に係る免許等を行うものは、審査に際して評価書の記載事項等に基づき環境保全に対する適正な配慮がなされるかどうかについての審査が行われる(33条1項)。この場合、固有の免許等に係る基準に関する審査と環境保全に関する審査の結果を併せて判断することとされ、この判断に基づき、免許等を拒否し、または必要な条件を付することができることとされた(同上2項)。これは、関連するすべての許認可について横断的に適用されることから、横断条項とされ、環境アセスメントが実体的効果をもつ重要な場面となる。
(5)事後的措置
閣議アセスでは環境アセスメント手続きの終了後についての手続きは定められていないが、環境アセスメント法では環境保全のための措置が将来判明すべき環境の状況に応じて講じるものである場合には、当該環境の状況の把握のための措置を準備書に記載しなければならないこととされ(14条1項7号のハ)、事後的措置を念頭に置いた条文が盛り込まれた。
(6)地方公共団体との関係
環境アセスメント法では同法の規定は、地方公共団体が@第2種事業でも対象事業でない事業に係る環境アセスメント手続きA第2種事業または、対象事業に係る環境アセスメントについての地方公共団体における手続きに関する事項で環境アセスメント法の規定に反しないものの二つの事項については、条例で必要な規定を妨げることができることとされた(60条)。この条文は、国の環境アセスメントについての関与の必要性が小さいとされる小規模な事業等については、地方公共団体で国の手続きよりも厳しい手続きを定めることが可能であることを意味し、より重要とされる類型が陥落な手続き、そうでない手続きが厳重な手続きということが発生することを前提としているが、このような結論がバランスを失していると思われる(7)。
(7)特例
環境アセスメント法に規定される共通手続きと異なる手続きについて、法では3つの類型が設けられている。第一は、都市計画に定められる対象事業等に関する特例である。対象事業または対象事業に係る施設が都市計画に定められる場合には、都市計画決定権者が事業者に変わって、都市計画手続きと併せて対象事業に係る環境アセスメント等の手続きを行うこととされた(39〜46条)。これは、都市計画が建築制限等、国民に対する強い権利制限を課すものであり、都市計画が定められた後に事業者が環境アセスメントを行うこととするならば、都市計画の変更の必要が生じ、権利制限が不安定なものとなること及び都市計画を定めるに当たって総合的に判断する必要がある公益には、環境影響についても含まれ、これを都市計画に適切に反映させる必要があること及び公告・縦覧等の手続きを別々に行うならば、無用の混乱が生じることを理由とするものであるとされている(8)。第二は、港湾計画に関するものであり、一定の港湾契約については、港湾管理者が環境アセスメントを行わなければならないこととされた(47・48条)。第三は、発電所に関する特例である。環境アセスメント法及び改正電気事業法により通産大臣の関与が強化された(59条)。
4 環境アセスメント制度の評価の基本的視点
現行環境アセスメント制度を評価し、改善していくための基本的視点を挙げる(9)。
(1)外部性の内部化(市場取引を通じない他人への不利益等の制御)
様々な事業に伴う環境の悪化の根源的な要因は、環境負荷に相当する社会的コストを事業者が負担しないために、環境負荷が過大な水準に達し、市民の健康や快適性を損ねているという問題である。
環境負荷を考慮した最適な事業の実施水準を達成する手法は、一定の数値以下の基準を定めるといった規制手法と環境税、賦課金等の経済的インセンティブとに大別されるが、より望ましいのは後者である(10)。
なぜならば、第一に、規制による場合は基準値を下回ったとたん、環境負荷をより低減させようというインセンティブが失われてしまうのに対し、経済的インセンティブによる場合は、環境負荷の極小化へのインセンティブが常に存在する。
第二に、規制による場合は小規模な事業活動が野放しになり、環境負荷コントロールの実効性が確保できないのみならず、小規模事業と大規模事業とで扱いを異にするという不公平が発生する。経済的インセンティブによる場合には、環境負荷の程度に応じて、すべての事業活動に対して連続的で公平な処理をすることができる。
第三に、経済的インセンティブによる場合には、すべての水準の環境負荷に応じたその極小化のための技術開発を活性化させる効果をもつ。
このように、経済的インセンティブが環境対策としてはファーストベストであり、規制は、ファーストベストに至るまでの暫定的なセカンドベストの措置と位置付けられる。したがって、環境負荷については、外部不経済を内部化する、すなわち環境負荷の原因者である事業者がそのコストを負担するという自己責任原則を貫徹していくことがきわめて重要となる。これは、社会的な富を増大させるとともに、環境問題にかかわる当事者間の公平をも担保することになる。
アセスメントに係る調査書の作成等作業そのものの自己目的化に陥らないよう注意しなければならない。どのような活動が、誰に対して、どのような負荷を、どの程度発生させているのか、との観点のアセスメントこそ必要にして十分なのである。そのためには、環境負荷を評価する基準が必要である。定性的に影響の有無・程度を論じるのみで、理論的・実証的な基準に基づかない評価を行うことは問題が多い。
(2)情報公開
すべての行政情報は、公開されることによって、客観性、透明性が確保され、公正で効率的な行政活動の形成に資することとなる。
環境アセスメントに関しても、必要にして十分な情報が収集されることを前提とすれば、それらをすべて公開することは、内容の適正化の上でも必要不可欠である。
情報公開に当たっては、次の二点に留意すべきである。第一に、行政の判断は、結論のみならず、判断に至る意思形成過程、他機関との折衝のプロセスについても公開が必須である。第二に、法の執行に関してのみならず、政策立案過程の公開も重要である。その際、各省庁との意見、覚え書きのやりとり等が大量に蓄積されているはずであるが、これらは第三者の目に触れることが前提であれば、違う判断となった可能性が強い。このような観点からみれば、1996年12月に公表された行政改革委員会情報公開法要綱案は不十分である。
また、情報公開については、環境への負荷をも一要素とする事業全体のコストとベネフィットの客観的分析も対象とすべきである。この場合のコストには、事業費そのものにとどまらず、環境への負荷の費用、環境アセスメント実施に要する費用をも加算すべきである。その上で、費用対効果を客観的に判断し、その判断プロセス、積算根拠等がすべて明らかにされる必要がある。
(3)行政裁量の極小化
法の執行については、行政裁量が極小化され、立法により事前予測可能なルールが設定されていることが望ましい。したがって、環境影響評価法(以下「法」という)についても、法の要件認定、実行段階ともに、不確定概念、すなわち「適正な配慮」(33条)「修正を必要とすると認めるとき」(21条1項)等の曖昧な文言は極力これを排除し、要件該当の有無や処分をするかしないか等の判断が行政庁の裁量に委ねられる領域を極力縮小すべきである。
これは、市民や企業の活動のすべてに対して、事前に予測可能な指針を与えるということである。後から不測の損害を被ったり、裁量があることを前提として行政庁の判断を有利に転換させるために、いわゆる専門家の調査、助言、鑑定等が必要とされるといった事態は、本来少なければ少ないほど社会的費用の節減に寄与するのみならず、市民や企業相互の公平も確保される。
およそ法令は、法執行者の判断に委ねる余地が、法的技術の限界まで極小化されているかどうかといった観点からの検証が必要であり、環境アセスメント法もその例外ではない。
(4)判断の公正確保
環境アセスメントに関わる事業者は、基本的に事業の推進者であって、環境負荷の被害者たる不特定多数の市民の不利益を直接に代弁する立場にはない。このような事業者の判断の形成にバイアスがかかる可能性がゼロであると想定するのはむしろ不自然である。
そのような意味で、事業者自身の判断が先行しての環境アセスメント手続きが行われることは、果たして妥当かとの問題がある。環境負荷の判断は、それ自体優れて実証的・科学的領域に属する判断事項であって、このような事項については、専門家の判断が第三者的に加えられることが望ましい。
(5)アセスメントの実効性の担保措置
行政裁量の極小化、情報公開、判断の公正確保措置等の前提がすべて満たされたとしても、環境アセスメントの目的に照らした実効性、すなわちアセスメントが実質的に適正な内容であって、環境負荷を最適にコントロールしていることが手続的にも担保され得る建前になっていることが必要である。
すなわち、努力義務の領域や、適法・違法の判断はできてもその担保措置がない領域をできるだけ小さくし、環境負荷のコントロールが確実に実現され得るように法制度が設計されるべきである。その点、権利侵害を前提として被害者が主観訴訟により救済を求めることが可能であることは当然としても、環境負荷のコントロールは、本来不特定多数の市民の公益の実現のためになされるべきものであって、法的には客観訴訟によるコントロールに馴染むと考えるべきである。
5 環境アセスメント法制の課題
(1)環境アセスメント法案における事業所管庁の優位の排除
法では、33条により、事業所管庁による許認可等による配慮事項として環境問題を処理することとなっているが、当該許認可等に際して、アセスメントの内容が、どのような根拠に基づき、どの程度許認可等に反映されるのかについては、具体的な基準が示されておらず、きわめて広範な裁量が許認可等担当の事業所管庁に与えられている。事業者及び事業所管庁は、環境負荷のコストを直接負担しない立場であり、事業の推進という前提の下での環境への配慮が行われるにすぎない(11)。
環境負荷は典型的な外部不経済であって、その被害を受ける立場の者の利害が適切に反映されるシステムがより望ましい。そのような意味で、政府内部にあるとの制約はあるものの、環境庁は独立の立場で環境負荷を計測し、その結果の事業への反映に責任をもつ主体として、相対的にみれば事業所管庁よりはふさわしい位置にいる。事業所管庁との比較でいえば、環境庁の相対的比重をより高めることが望ましい。
さらに、環境負荷の計測はそれ自体、実証的・科学的判断であることを踏まえれば、最終的決断が政府の政治的責任の下で行われることはあり得るとしても、第三者的で専門的知見を結集した政治的に独立な審査機関を設けることが適切である。
また、ゴルフ場、リゾート施設等一定の施設については、許認可等を行う法令上の根拠がないことから、環境アセスメントの対象から除外される。現行の事業に関する許認可等そのものは、本来環境負荷とは関わりなく事業の適正化を図るために設けられた措置であって、たまたま許認可等をとらえて環境審査をするというシステムは限界を有している。許認可等を前提としない環境負荷そのものの性格に着目した独自の環境コントロールシステムへの発展が今後の重要課題である。
現行法の運用上の課題としても、許認可等に当たって前提とされたすべての事実関係や評価の内容が、可能な限りリアルタイムで市民の目に明らかとなるよう、情報公開の促進が重要である。
(2)早期の段階でのアセスメント
これまでのアセスメント関連事業のあり方としては、事業者がアセスメントに先立って、事業そのものの便益を勘案することによって採択をまず決定し、環境アセスメントの問題は採択が決定した後での派生的配慮事項となる現実が広くみられた。したがって、仮に環境アセスメントを経ても、事業そのものが見直しとなることは少なく、微修正に留まることが一般的であった。しかし、事業が環境負荷を発生させるのであれば、事業の便益と環境費用を含む事業のコストは事業の採択の可否そのものに関する同時決定要素のはずである。
事業の早期の段階から環境アセスメントを実施し、その結果も含めて事業の採択の可否を決定すべきである(12)。
(3)具体的基準の確立
法では、スクリーニング、方法書、準備書、評価書等、手続きが重層的で慎重である反面、どのような行為のどのような負荷をコントロールするかについての具体的基準が示されていない。
手続き重視の法システムは、運用の段階で一歩間違えば、事業のアリバイ作りをかえって容易にしてしまうというパラドックスにつながりかねない。基準の明確化が望まれる。
また、一方ではアセスメント手続きへの対応を実施するための労力・費用負担が過剰になる可能性もある。政治的事情等により、アセスメントの内容が極度に詳細化したり、関係者から述べられる意見の内容やその斟酌の仕方が環境負荷の本質ではない事柄にわたる可能性も強い。
必要にして十分な環境負荷への関与のあり方として、過大でも過小でもないルール化が望まれる。
さらに、自治体の条例との関係がきわめて不明確である。条文を一見するだけではどのような範囲の手続きの上乗せ等が条例で可能であるのか判然としない。地方分権の観点からも、環境負荷の適正なコントロールの観点からも、条例と国法秩序との関係に一義的明白性が具備されるよう改善が必要である。
(4)法的統制措置
法では、「環境の保全についての適正な配慮」(33条1項)がなされているかどうか等を、許認可等に当たって事業所管庁が審査することとなっているが、この点の実体判断を争うためには、原則として許認可等の取消訴訟によることとなる。
しかし、この場合は許認可等の直接の相手方ではない環境を争う者が原告適格を有するかどうかという厳しい訴訟要件をクリアする必要がある。現在の判例の動向からみると、原告適格が生じる可能性はきわめて例外的である。
事後的に国家賠償請求訴訟等により金銭賠償を求めることによるコントロールについても、具体的損害の発生が前提となり、仮にその点が認められても、金銭賠償では間接的な効果しかもち得ない。
しかも、四で述べたように、「適正な配慮」という概念は、それ自体裁量性の広い不確定概念であって、仮に原告適格等をクリアしても、取消訴訟等で、適切に環境問題を争い、司法的に環境負荷をコントロールできるかについてはかなりの疑問が残る。
立法政策の問題としては、環境という不特定多数の利益、地球規模の公共公益性を前提とする事項について、主観訴訟のみによってしか争えないということが、法技術としては不備であって、環境アセスメント等について住民訴訟等の客観訴訟を立法により創設し、権利の被侵害者でなくても、環境問題のコントロールに関与できるようにすべきであろう(13)。
このような立法に当たっては環境コントロール行為が公共的利害の代理行為なのであるから、勝訴案件については実費を越えた報酬も公的に負担するようにし、実体的法規範の担保措置を設定すべきである。
また、環境アセスメントを経た事業についての事後の評価が法令上明文化されていない。仮に、事業所管庁の判断に全面的に委ねられているとすれば、相当の労力と費用をかけて実施した環境アセスメントの成果が十分に活かされないこととなる。事後評価のルール化が課題である(14)。
(5)デジタル的処理の硬直性の解消
現行アセスメントは、経済的インセンティブと連動したものではないことから、アセスメントを経ても事業そのものについては、変更するかしないかという二つの選択肢しか残されない。
現実の環境負荷は、アセスメント手続きを経るか否かで直ちにゼロ又は100%になることはありえないわけであるから、このようなデジタル的処理は稚拙であって、むしろアナログ的な処理、すなわち連続した問題には連続した効果を付与するという法的措置が望ましい。
事業そのものの手直しのみで対処するという物理的措置には限界がある。さらに、基本的視点で述べたように、一定規模以上等の事業のみに対して、アセスメントを実施するのは実効性が十分でなく、不公平でもある。
将来的には、環境負荷の程度に応じた環境税、賦課金等の経済的インセンティブを制度化し、現行のようなアセスメント手続きはその前提としての環境負荷の計測手続きと位置付け、計測結果たる負荷を内部化する、すなわち自己責任で環境負荷のコストを負担するという仕組みに発展させていくことが課題となる。このような手法の実現は、社会的コスト、行政コストを著しく節減することにもなる。そのような意味では、環境アセスメントは、環境コントロールシステムの体系の中の一部を構成するにすぎない。
(6)「専門家」のレントシーキング(利権追求)の排除
現在のいわばファジーな裁量を残した条文は、法律家、コンサルタント等のレントシーキング、すなわち利権追求を活発にする効果をもつであろう。法の不明確さにより利益を得る集団を出現させるのは妥当でない(15)。
アセスメント行為自体は目的に応じて必要にして十分なものであるべきである。環境負荷と直接対応関係のない事項についてただ網羅すればいいというわけではない。アセスメント行為そのものにコストが発生するからである。さらに、際限のない過剰なアセスメントは、事の軽重の区別に対する感受性を失わせ、重大な環境負荷に対する認識をかえって相対的に低下させることにもなる。
環境アセスメント手続き自体の自己目的化、それに派生する関連専門家集団の業務拡大を法が誘発することは回避しなければならない。
参考文献
○原科幸彦編『環境アセスメント』(1994)放送大学教育振興会
○福井秀夫(1996)「行政代執行制度の課題」公法研究58号
○青山貞一(1997a)「環境アセス制度の課題と解決の方向性」環境と公害27巻1号
○青山貞一(1997b)「環境アセスメント法の課題」自由と正義48巻10号
○宇賀克也(1997)「環境影響評価法の成立」建設月報578号
○建設省「新たな環境影響評価制度」建設月報578号(1997)
○第140国会参議院環境特別委員会公聴会会議録第1号(1997)
○原科幸彦(1997)「環境影響評価法の評価−技術的側面から」ジュリスト1115号
(1)それまでは、環境アセスメントに関する法律が制定されていないのは、OECD加盟国29ヶ国のうち日本のみであった。
(2)本稿は1997年5月30日参議院環境特別委員会公聴会における筆者の口述内容を加筆・修正したものである。
(3)建設省(1997)44〜45頁
(4)原科(1994)43〜44頁参照。
(5)宇賀(1997)41頁参照。
(6)第140国会衆議院環境委員会議事録第三〜六号(1997)参照。
(7)原科(1997)64頁も同旨。
(8)建設省(1997)48頁。
(9)ここで示す考え方は、日本計画行政学会における研究会での議論、特に青山貞一、原科幸彦両氏からの示唆・教示に多くを負うている。記して感謝申し上げる。青山(1997a)、青山(1997b)、青山口述(1997年4月21日衆議院環境委員会公聴会)、原科(1997)とも問題意識が共通である。
(10)福井(1996)212〜215頁では、行政代執行の機能不全に対応するためにも賦課金制度を導入すべきことを論じたが、外部性のコントロールという視点からみれば、違法建築物対策、河川・道路の不法占用対策も、環境対策も同じである。
(11)青山(1997a)30頁、青山(1997b)92頁は、環境アセスメント制度について、「事業者が自分で問題を作り、それに回答し、採点する」性格が強いことを指摘する。
(12)原科(1997)65頁、青山(1997b)89頁参照。
(13)福井(1996)215頁参照。
(14)原科(1997)63〜64頁、青山(1997b)93〜94頁参照。
(15)青山(1997b)93頁は、調査発注業務をめぐる不明朗を指摘する。