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都市再生への道筋を

福井秀夫
日本経済新聞2001.12.27付
朝刊 経済教室掲載

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 米国では一般に、都心部の土地の高度利用と郊外部の低密度で豊かな居住とのコントラストは著しく、ゆとりと利便性を併せ持つ街づくりの手法はすでに数十年も前から定着している。通勤鉄道が未整備のためすべての移動に車が必須である点を除けば、米国の街並みは都市の豊かさを象徴する究極形の一つであろう。

 加えて都市計画・建築規制など、米国の規制で根拠の薄いものは少なく、整然とした街並みも民間主導で維持されている。民間開発業者は開発地をできるだけ高く売るために整然とした街並みを造る。市民は資産価値保全のために美観維持に努める。日本と比べて住民税よりも固定資産税、固定資産税の中でも建物より土地にシフトした税収構造が都市基盤施設や街づくりを支える重要な役割を担う。計画策定に当たっても市民主導は手続きの隅々まで一貫しており、公聴会の開催や自治体の説明責任の発揮などは日本と比べるべくもない。

 日本では、米国と比べた街並みの落差に加えて、公的規制、なかんずく自治体の規制が極端に画一的であるとともに、計画の遂行責任が希薄である。例えば空地や都市基盤施設の提供を条件に容積率を上乗せする総合設計制度では、許可条件すら明示されず、事前に許可内容を予測することは不可能である。役所の不透明な裁量がブラックボックスの中で発揮される。都市計画区域全般に及ぶ容積率規制、建蔽率規制などについてもこれを実証的に説明する自治体は絶無である。

 一方で、事業認可を経て数十年経過して実施のめどもたたない都市計画事業が多々存在する。東京都では、およそ都市計画事業について用地取得の最終手続きである収用手続きに入るのは、運用上任意買収着手後6年を経過し、かつ任意買収の比率が9割を超えたときに限られている。これは11%の反対者があらゆる事業について絶対的拒否権を発動できることに等しい。

 また、毎年発生する全国で二万件前後の違反建築物の内、是正されるのは40%程度にとどまっており、毎年0または1件の代執行が行われているにすぎない。都市再開発法による行政代執行も条例により都知事から区に委任され、その後違法な占有に対してその権限が発動されたことはない。

 都市の姿は、一行政単位のみの利害に関わるわけではない。しかも先住民が既得権益を主張して潜在的住民の利益を踏みにじってよいわけではない。都市は、一都市にとどまらず、圏域全体や日本全体の生活の豊かさの牽引車であり、新しい産業のインキュベーターでもある。

 指導要綱と呼ばれる条例にも書けない反法治主義的金銭要求も、全国の自治体で蔓延している。条例化して強制すると法律や憲法に違反する。しかし、何とか既得権を持つ住民の利害に配慮して従わせたいから、以後の許認可や他分野での自治体との折衝での報復も見え隠れする。江戸の敵を長崎で打たれたくはないから、大半の市民・企業は服従せざるをえない。これらの費用はすべて最終需要者たる都市の住民が負担するのである。

 行政区域内に選挙権を持つ住民の利害でしか物事を考えられない主体によって都市再生が担われるなら、一般市民の利益は損なわれる。地方分権は重要だが、それは内容や事柄の性格に応じた適切な分業を伴うものでなければならない。

 都市再生の考え方の基本はまず、他者に迷惑をかけない限り自由な土地利用を民間に委ねることである。次に、それを助けるための都市基盤施設や制度を、政府すなわち国や自治体が責任を持って整備することである。また、権力行使や財政出動をするのは、市場の失敗があるときに、しかも必要な限度で行うにとどめなければならない。納得ずくの当事者の合意を反故にする契約法も有害だ。

 都市に関する規制は、介入すべきでない場面での有害な介入、程度を超える過介入、介入すべき場面での不介入という政府の失敗に満ちている。その累積が、市民生活に何十年にもわたって天文学的損失をもたらしてきたことも併せて認識すべきだ。

 筆者も参画した先般の総合規制改革会議の都市再生分野の報告はこれら問題を直視し、古典的な都市政策の枠を大きく乗り越えた。しかも関係省庁も了解した。

 第一に、規制の基準を仕様ではなく性能に基づくものとし、判例頼みで不明確であった訴えの利益を明確化することである。

 これまでは容積率の設定、建築に関する許可などについて定量的な根拠はなく、計画や処分の内容を予測することすら困難であった。どの処分を誰が行政訴訟で争うことが可能かについても明確でなかった。

 ことに容積率規制は、道路・鉄道などの都市基盤施設の容量の制約に併せて、負荷をもたらす人や企業の活動を床面積という代替指標で制御するのが主目的と説明されてきた。また、住宅と業務・商業が原則として同じ混雑を道路等へもたらすという異常な想定が法では採られている。都心の業務用建物は通勤鉄道乗客を増やすが、都心のマンションは逆に乗客を減らす。加えて、時間帯や季節に応じて大きく変化する都市基盤施設の混雑状況を無視して、画一的な床面積の制約を設ける。

 床で混雑を制御するというなら、着脱式の建物を、朝夕のラッシュアワーには上層階を取り外させ、夜中近くにそれを復活させる類の措置を採らなければつじつまが合わない。目的は正しいが、手段として乱暴であった。混雑の制御は、本来因果関係の遠い床面積によるのではなく、直接の発生源の都市基盤施設の料金政策によるのがきめ細かなのである。

 容積率規制のもうひとつの目的といわれる都市環境の確保も根拠薄弱である。例えば同じ敷地一杯に建つ総二階の戸建住居と九階建て高さ相当まで吹き抜けのある二階建てビルとは同じ容積200パーセントだが、近隣環境への影響には大差がある。都市環境は、形態規制で守るのが筋である。

 ところが、これまでは本来の趣旨を離れて規制が一人歩きし、土地利用には膨大な損失が発生してきた。無論説明の強化は根本的解決ではないが、より望ましい制度のための前提となる。

 第二に、鉄道のピークロードプライシング(時間差料金制)により、需要の平準化と混雑対策を進めることである。これは土地利用に有害な制約をもたらしている容積率規制を撤廃する契機になるだろう。今後の課題はこれを道路にも適用することだ。

 第三に、重要な代執行は強化するとともに、併せて賦課金などの経済的インセンティブを活用すべきことも盛り込まれた。

 第四に、いわゆる要綱行政を条例化することを求めるとともに、徹底的な公開と参加を前提とした事業の確定手続きを経たうえで、都市計画事業主体等が一定期限内に収用手続きに移行すべきことである。公共事業を精選するとともに、必要な事業は速やかに完了させるという要請に応える方向である。

 第五に、不動産流動化を阻む競売に関して、抵当権実施後も買受人に対抗できる短期賃借権保護を撤廃すべきこと、すべての者に効力を持つ占有排除処分を導入すること、入札不調と執行妨害の原因となり米国には存在しない最低売却価額制度を廃止することなどである。

 第六に、定期借家制度に関して、既存借家からの切り替えを認めること、契約書と重複する書面の説明を廃止すること、借家人からの解約を任意規定化することなどに加え、既存借家も家賃の一定倍の立退き料で正当事由が具備することとするなどである。

 関係者の英断に敬意を表したいが、行政の構造自体を支える利害の構造は依然強い。都市再生を市民本位で進めていくためには、法の不明確さを仕事や権力の源泉とする法解釈の専門家や職業行政官のバイアスを切断すべきだ。強い政治力を発揮できる供給者の利害だけでなく、消費者の利害を政策に過不足なく反映させることも重要である。

 公正な政治主導により、縦割りの行政や学問分野の利害を超えて普遍的な市民利益を体現するとともに、見聞録の域を超えた都市論を語れる実証的・論理的知見の持ち主を政策の最前線に集結させることを望む。

(略歴)

58年生まれ。東京大法卒、京都大工学博士。00〜01年ミネソタ大客員研究員。専門は行政法。

(要旨)

@米国では市民主導の街づくり、それを助長する都市計画や税が豊かな都市の姿を支えている。

A日本では都市に関する規制が画一的であるのに加え、計画を遂行する責任感も希薄であるため、不透明な裁量権に基づく混乱、違法建築物の横行などが起きている。

B総合規制改革会議の報告は、裁量の明確化、経済的インセンティブの導入、時間差料金制、競売法制の見直し、借家法再改正などを含む画期的な内容だが、さらに、利害のバイアスを断ち切るため、政治主導で実証的・論理的知見の持ち主を政策の最前線に集結させるべきだ。